慴伏しょうふく)” の例文
一度烈風が襲来すると、雪は吹き捲られて煙の如く渦を巻いて昇騰し、面を向くべき方もなく、ただその猛威に慴伏しょうふくするばかりである。
尾瀬沼の四季 (新字新仮名) / 平野長蔵(著)
白雲によって悪い方は慴伏しょうふくされる。悪い方が慴伏されると勢い、いい部分だけの能力を現わすから、マドロスを抑えるには白雲に限る。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ほとんど衆みなその方の威権いけん慴伏しょうふくし、あえてその非を鳴らす者もなかろうが、かかる時こそ、そち自身は、いっそう慎まねばなるまいぞ
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「今のはベラントの失言しつげんでございます。博士、世界をたちまち慴伏しょうふくさせる新兵器といたしましては、どんなものを御在庫ございこになっていましょうか」
謙信馬返し岩は粟沢の奥にあるという謙信ヶ洞と同じく、其猛威に慴伏しょうふくした土地の人が命名したもので、所謂いわゆる弁慶と同様に意昧のないものと信ずる。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「彼は被告として公判廷にずる度に猛烈な兇暴態度を示しながら、且つ其雄弁と剛腹とは全法廷を慴伏しょうふくしていた」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
而しそれは自己の慴伏しょうふくによつて到達せらるゝのである。最善の愛は信実と忍耐とである。それのみが独りよく深遠なる精神力を釈放し、人間を神聖の域に結び付ける。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
それは無限の彼方を、万物を慴伏しょうふくさせつつ渡つてゐた。轟々と天伝うてゐた。ピタゴラスの説いてゐる天体音楽といふことを、私はたしか心理の講義で聞いたことがある。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
卑陋ひろう賤民せんみん扱いにされていた小説等の散文学が、最近十八世紀末葉以来、一時に急速な勢力を得て、今やかえって昔の貴族が、新しい平民の為に慴伏しょうふくされ、文壇の門外にたたき出された。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「つまり彼は威嚇をもって、相手を慴伏しょうふくさせたのだ」将監は先へ語りつづけた。「こいつと目差した船があると、まずその進路を要扼ようやくし、ドンと大砲をぶっ放すのだ。だがそいつは空砲だ。 ...
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
年の頃は三十五六歳、険高けんだかな、蒼味がかった面の、唇ばかり毒々しく赤い、異相というのではないが、なんともいい表しがたい凄惨な色が流れていて、なにか人を慴伏しょうふくさせるような気合がある。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
祖父は体躯たいくは小さかったが、声が莫迦ばかに大きく、怒鳴ると皆が慴伏しょうふくした。中島兼吉と言い、後に兼松と改めたが、「小兼ちいかねさん」と呼ばれていて、小兼さんと言えば浅草では偉いものだったらしい。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
朝の小雨さえなくば、常勝将軍ナポレオンはその異常なる軍事的天才を以て、見事に敵を破り得たであろう。かくて欧州全土は彼の暴威の下に慴伏しょうふくしたであろう。しかしながら神は地を治め給う。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
天下はその威武の前に慴伏しょうふくした。
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし信長の左右すべての人々が、信長の震撼しんかん慴伏しょうふくして、一瞬、せきとしたまま、声もないので、しばらく彼もそこを起ちかねていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわんや、その他親族、家人らに至っては慴伏しょうふくあるのみで、誰ひとり、お銀様に当面に立とうという者があろうはずがありません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大統領はもちろん、幕僚も建艦委員も共に金博士の智力ちりょくの下に慴伏しょうふくした感があった。
これではいつまで待っていても埓が明かぬと思って、縁から座敷へ上ると、一同の狼狽ぶりは見るもあわれなくらいで、動顛して腰も立たず、雷にでも撃たれたようにその場に慴伏しょうふくしてしまッた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
人寰じんかんとの交渉を断続した筈の高い処に、お余り小さいながらも縮図されたる下界が存在し、そこに風雨氷雪の危険と威嚇とに打ち克って、私達の心を威圧し慴伏しょうふくせんとする山岳の絶対権威に抗して
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
人はただ彼の彫刻の前に慴伏しょうふくする外はなかった。
「百獣を慴伏しょうふくあそばしませ。……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
逆鱗げきりんは申すまでもない。お留守をあずかっていた公卿輩くげばらはもちろんのこと、行幸みゆきいてもどった人々も、その御気色みけしき慴伏しょうふくして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、太閤という人は、派手師はでしで人気を取るのが上手、いつもそんなことを言って人を慴伏しょうふくさせるのだが、信玄とても、それほどやすくはない。
徐盛も丁奉も、夫人の烈しいことばの下に、まったく慴伏しょうふくしてしまった。夫人はそれと見るや、車のうちへひらりと身を移して
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宇都宮や結城の軍が、去年から、しずめに赴いているが、遠いみちのく辺りでは、幕府の権威も、とんと、土軍を慴伏しょうふくするには足らぬらしい。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さよう、とにかく、群臣ぐんしん慴伏しょうふくする威風がござった。その頃江戸に将軍たる者は三代家光、この義伝公を怖るること一方ひとかたではありませんでした」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その武威にあらまし慴伏しょうふくしてしまったが、ここになお頑健な歯のように、根ぶかく歯肉たる旧領を守って、容易に抜きとれない一勢力が残っていた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな人間も唯々いいとして、一令にうごき、目のまえに慴伏しょうふくするなどのことは、たまらぬ御快事ではあったのだろう。
また、それらの人々も、今はまったく曹操の羽振りに慴伏しょうふくして、いかなる政事も、まず曹操に告げてから、後に、天子へ奏するという風にならわされて来た。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
がしかし、宮には猫のごとく慴伏しょうふくして何一ついやがるということはない。御命ぎょめいとあれば水火の中へでもとびこんでゆく。宮にはこれがたまらない御快味だった。
彼は、叡山えいざんを焼き、根来ねごろを攻め、日本在来の教団に対しては、かつての平相国へいしょうこくすらなし得ない暴をもって慴伏しょうふくさせて来た。弾圧などという、手ぬるいものではない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家人けにん眷族けんぞく慴伏しょうふくの上に坐し、有徳うとくな長者の風を示している大掾国香も、常南の地に、今日の大をなすまでには、その半生涯に、信義だの慈悲だの情愛などというものは
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左右すべて彼に慴伏しょうふくし、威風払わざるものはなく、たとえ神戸かんべ三七信孝たりとも、丹羽五郎左衛門長秀たりとも、全軍の指揮者たるその位置には、自然はばからざるを得なかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後で、一句、こういったまま、作事監督の両役人、大地へひたいをすりつけて慴伏しょうふくする。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長の武威にも勿論慴伏しょうふくしたが、より以上、江州の民衆が、一致して彼を支援したのは
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
郷里の畑でこういえば、小作や村の者は、慴伏しょうふくしたものであった。しかし、御新開の江戸へにわかに流れて来て、荒い土をこねている左官屋職人は、こてをうごかしながら鼻で笑った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに誰いうとなく「あれは虎退治の武松だ」「陽穀ようこく県で兄のあだ西門慶せいもんけいをころして流されてきた武都頭ぶととうだ」とのささやきが流れていたので、たれひとり彼の前に来て慴伏しょうふくしない者はない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無条件に眼をうばい、人を慴伏しょうふくさせる姿をそれは巍然ぎぜんと備えているのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、むしろ近頃では、彼の明敏と鋭利なひとみに慴伏しょうふくしすぎて、信長自身
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすが、それからは仕返しも断念し、腹の底から慴伏しょうふくしたものに相違ない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当今、大坂城のあるじの声といえば、公卿百官はもちろん、天下の諸侯もみな慴伏しょうふくせぬはないが、晴季から見ると、まるで児童のように他愛もないのだ。自分の手の上に置いたようなものだった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしいま、一人の大将を下し給うて、中国征討の大事を実行あそばさるるなら、東播磨ひがしはりまの明石城、高砂城の梶原ごときは、毛利麾下きかといわれていても、眼前のご威風に慴伏しょうふくしてしまうでしょう。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふさしょうから急に手のつけられない暴れン坊になった、さすがの無二斎も黙ってしまった、十手を持ってらそうとすれば、棒を取って、父へかかって来る始末だった、村の悪童はみな彼に慴伏しょうふく
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
並いる百官も、慴伏しょうふくして、もう誰ひとり反対をさけぶ者もなかった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縄目はにせ結びにしてあったのだ。智深の行動とともに、楊志や曹正なども、あわてふためく賊の手下どもへ立ち向っていたのはいうまでもなく、また、彼らが手もなく慴伏しょうふくしてしまったのは勿論だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏侯惇は、庁上に慴伏しょうふくして、問わるるままいくさの次第を報告した。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一見、みなどうにでもなるものみたいに慴伏しょうふくしていた。
陳父子は慴伏しょうふくして
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)