惚々ほれぼれ)” の例文
杏桃すももはあまり多く食はなかつた。小さい時にあてられたことを思ひ出して瑪瑙色の色彩には惚々ほれぼれするのであるがあまり手が出なかつた。
人妻になった万竜を一度見掛けた事があったが、惚々ほれぼれとするような美しい女であった。きんはその見事な美しさにうなってしまった。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
片里は煙草盆を引き寄せて、紫煙をゆるくくゆらせつつ、惚々ほれぼれと呉羽之介を眺めていましたが、やがて感に堪えぬげに言い出すのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
沈着、明眸めいぼう、ことば静かに話してなどいると、ひき込まれるような魅力があり、真に惚々ほれぼれする侍だが、わしはむしろ中国武士の鈍骨どんこつを愛する。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の聡明そうめいな物象の把握力、日本人特異の単純化と図案化。それに何という愛憐あいれんの深い美の象徴の仕方でしょう。私はいつも彼の画を見て惚々ほれぼれとします。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お雪はいま改めて、群山四囲のうち、北の方に当って、最も高く雪をかぶって、そそり立つ山を惚々ほれぼれと見ました。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あまりの不思議さに我を忘れて、しばしがほどは惚々ほれぼれ傾城けいせいの姿を見守つて居つたに、相手はやがて花吹雪はなふぶきを身に浴びながら、につこと微笑ほほゑんで申したは
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
以前の美くしかった時分、ほんとうに『碧眼あおめ』だった時分には、見る人を惚々ほれぼれとさせたものだが、もうすっかり変ってしまった。今は単に憫憐あわれみの対象にしか過ぎないのだ。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「縁側で背伸をすると、土手を歩いているお前の姿がよく見えたよ、——若い娘と摺れ違うたんびに、一々振り返って、惚々ほれぼれと眺めるのだけは止せよ。見っともないからな」
総縫の振袖に竪矢たてやの字、鼈甲べっこう花笄はなこうがいも艶ならば、平打ひらうちの差しかたも、はこせこの胸のふくらみも、ぢりめんの襦袢じゅばんの袖のこぼれも、惚々ほれぼれとする姿で、立っているのだった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
僕は自分の残りすくない命数を知るにつけても何か焦慮を覚えるのだ、僕は自身でも惚々ほれぼれするほどの作品を残したかった……そして到々決心した、この世の中で最も尊いカンヴァス
左内の瞳に映っているものは、お菊のうつむけた形のよい額で、それが紅潮を呈していて、そこへ前髪の影がさして、眉毛のあたりの暗く見えるのさえ、左内には惚々ほれぼれしく悩ましかった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ギリシアの神話にある美少年ナルチスは、自分の青春の姿を鏡に映して、惚々ほれぼれと眺め暮していたということであるが、芸術家という人種は、原則として皆一種の精神的ナルチスムスである。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
女人をして惚々ほれぼれさせないではいない有名なる巨躯紅肉きょくこうにく棒鱈ぼうだらのように乾枯ひからびて行くように感ぜられるに至ったので、遂に彼は一大決心をして、従来の面子めんつを捨て、忍ぶべからざるを忍び
おもかげは近く桂木の目の前に、ひとみゑた目もふさがず、薄紫うすむらさきに変じながら、言はじと誓ふ口を結んで、しか惚々ほれぼれと、男の顔を見詰みつむるのがちらついたが、今はうと、一度踏みこたへてずりはずした
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
壮い女は左枕に隻手かたてを持ち添えて惚々ほれぼれするような顔をして眠っていた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
珠子は彼女自身の裸身に惚々ほれぼれとすることがあった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その話がまた、いちいち該博がいはくで、蘊蓄うんちくがあって、そしててらわずびずである。惚々ほれぼれと人をして聞き入らしめる魅力がある。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親方の女は、また煙草を吹かしながら、自分が結んでやった島田髷の手際てぎわを、自分ながら惚々ほれぼれと見ています。
惚々ほれぼれとするような手紙でも書いて、ほんの少しの為替でも入れてやりたいような気がして来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
自らの若さに就ては惚々ほれぼれするほどの信頼と愛着とを持つ人たちばかりでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しばらくすると、その自分が、やや身体からだじ向けて、惚々ほれぼれ御新姐ごしんぞの後姿を見入ったそうで、指のさきで、薄色の寝衣ねまきの上へ、こう山形に引いて、下へ一ツ、△を書いたでございますな、三角を。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
北見之守は大盃を上げて、いとも惚々ほれぼれとお金に見入ります。
智深が法衣ころも諸肌もろはだを脱いだからだ。そしてその酒身しゅしんいっぱいに繚乱りょうらんと見られた百花の刺青いれずみへ、思わず惚々ほれぼれした眼を吸いつけられたことであろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惚々ほれぼれとこの池の水を見ていましたが、やおら立ち上って池のほとりをさすらいはじめました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
全く惚々ほれぼれするような声なり。おいたわしやのこの人なき真昼。窒息しそうだなぞと云っても、こんなに沢山空気があっては陽気にならざるを得ない。只、空気だけが運命のおめぐみだ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
とものぐるわしく、真面目まじめになりたる少年を、惚々ほれぼれうちまもり
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つつまずにそういった関羽の大人的な態度に、曹操はまた、惚々ほれぼれ見入っていたが、やがて酒も半ばたけなわの頃、戯れにまたこんなことを訊ねだした。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「声だけ聞いていると、まさに惚々ほれぼれしたいい声であったが……姿を見ると案外の代物しろもの後弁天前不動うしろべんてんまえふどうという例も多いことだから、むしろ見ない方が我々の幸福であったかも知れない」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「——赤穂の敵は、立派だなあ。戦いながら、惚々ほれぼれした。武士さむらいはやっぱり武士に、成り切らなくっちゃ、嘘なんだ。丈八……貴様あ、立派な武士になれ」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
挨拶を返すことを忘れて、惚々ほれぼれとこう言って感歎の声を放ちます。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それを色街のねえさん芸者だの料理屋の楼主が惚々ほれぼれと見ては噂して、ずいぶん養女にくれの何のといわれたものさ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お仙の眼は、兇状廻しの人相書へ、惚々ほれぼれと吸われていた。胸のなかには、すぐその男の声や、冷たさや、強さや、いろいろな感情が脈をってひびいてくる。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姿態しな、ことば、水々しさを、その母親たるおかみさんは惚々ほれぼれと見ているのだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土民の中にもよい面魂つらだましいの子があるもの——と武蔵はなお惚々ほれぼれと見るのであった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は惚々ほれぼれと見入っていた。首級の若い唇は、紫いろを呈していたが白い歯なみを少し見せ——君、君タラズトイエ臣、臣タリ——の義をつらぬいた本懐ほんかいを自ら微笑ほほえんでいるようだった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)