えん)” の例文
新聞の受売からグット思い上りをした女丈夫じょじょうぶ、しかも気を使ッて一飯の恩はむくいぬがちでも、睚眥がいさいえんは必ず報ずるという蚰蜒魂げじげじだましい
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
金があるかないかはもとより知らず、この家に来てから五年になるが「ろくなお小遣も貰わなかった」と少しえんずる色があります。
夏子は小声になって、目を細めて、ニッコリとえんじて見せた。アア、その艶かしさ! 蘭堂は段々自信を失って行く様な気がした。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
えんじやつれた、美女が、恰度ちょうどそのとき、おくれ毛もそのままに、雪之丞に対する熱い恋を、甚太郎に、きくどいているところだったのである。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
えんじるのが聞えた。が彼はそのまま廊の闇をどすどす歩いて、燃えやまぬその五体を、大庭の夜気に立って冷やした。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
◯ヨブは神が罪なき彼をくるしめつつある事を認めてこれをえんじながら、今また同一の神に無罪の証明を求めている。そこに明かに思想の矛盾がある。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
と考え定めた吾輩はにゃあにゃあと甘えるごとく、訴うるがごとく、あるいはまたえんずるがごとく泣いて見た。御三はいっこう顧みる景色けしきがない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したりいたりかついだりして運び、「貧してえん無きは難し」とつくづく嘆じ
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とお雪ちゃんは、振返って弁信の姿を見るが早いか、こう言ってえんじかけたほど、事が急促の思いになりました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「じゃによって、身にあまる望みと申したではござりませぬか」と、彼女はえんずるように泣き声をふるわせた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まぶたはだるそうにすぼめられ、そこから細くのぞいているひとみはぼんやりと力なく何ものかをえんじていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
「いかにも市之丞にござります……大変お待たせになりましたな」えんずるがように云うのではあったが、それは少しも下品でない。すがすがしくさえ聞こえるのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
膚に魅せられたごとく振り向きもしなかったあたり、疑われたことをえんずるようなその目の光、どこか生一本の名人気質がほの見えて、まんざらその申し立てはうそでもなさそうなのです。
私は絶望と老師をえんじたい気持から涙のにじみでてくる眼をあげて、星もない暗い空を仰いだが、月とも思われない雲の間がひとところポーと黄色く明るんだ。「父だ!」とその瞬間にそう思った。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
と高津はわざとらしくえんじ顔なり。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花世は、えんじるような顔で
えんずるうらみ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
だから何時までも貧乏してゐるのを、女房のお靜はえんずる色もなく、靜かに納得して自分の職場——お勝手へ引下がります。
... 勇士ますらおのごとく我にせかかり給う」と恨み、あるいは神を「汝」と呼びて「汝わが宗族やからをことごとく荒せり、汝我れをしわよらしめたり」とえんじている。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
半醒はんせいのうちに、後家さんは、竜之助にえんじかけました。地獄をのぞいていまかえった人というような見得みえで……
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
えんじて、じっと注いで来る、美しき人の目を、相手は、どうそらしていいか、わからぬもののように——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それには「私という女の、余りにもみだらな正体を知って、あなたはもう私がいやになったのではありませんか、私が怖くなったのではありませんか」とえんじてあった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もどかしい思いが積ッて自然、不満がかもされる。艶眉えんびがそれをえんじて見せても宋江には通じないのだから、なお焦々いらいらするし、しまいには男を小馬鹿にしたくなってきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてのうらみ、すべてのいきどおり、すべてのうれいかなしみとはこのえん、この憤、この憂と悲の極端より生ずる慰藉いしゃと共に九十一種の題辞となって今になおる者の心を寒からしめている。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わざとえんずれば少年は微笑ほほえみて
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千代松の眼には痛々しくもえんずる色があります。いつの間にやらお雛は、耳をふさぐように出て行ってしまいました。
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
お銀様自身は事毎ことごとに弁信に向って、自分の形相の、悪鬼外道げどうよりも怖ろしいことを説いて、それをえんずる度毎に、例の瞋恚しんいのほむらというものに油が加わることを
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
友の無情をえんじ、またそのあわれみを乞うのである。今までは友の攻撃をことごとく撃退したる剛毅ごうきのヨブもついに彼らの同情、憐愍れんびん、推察を乞うに至る。その心情まことに同情に値するではないか。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
変わったお互いの姿を語りあうよりも先に、お菊ちゃんはえんをふくんだ眼で
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとの気も知らないで。といってうらむ。えんじる。なげく。それはそれは。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其時三千代は急に心細さうなひくい声になつた。さうしてえんずる様に
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
えんじて、一度、顔をそむけるようにして、激しく、流眄ながしめを送って
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ただに君家のえんをはらしたと云うのみでなく、の衆の示した親子の大愛、うるわしき友の友誼ゆうぎ忍苦にんく、潔白、しかも止むなく目的の遂行すいこうには、法に触れるを得なかったにせよ、前後の行動には
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お六は華奢きゃしゃな肩を落して、えんずる姿に平次を見上げます。
そうしてえんずる様に
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
えんじた。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
友情一片の真言も、紅涙こうるいえん閨語けいごにはまさらずして仇なる事
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お仕舞の手を休めて、えんずるのです。
「——いま汝らのえんじた上の者とは、みな武家であろうがの。よいか、守護、地頭、その余の役人、武家ならざるはない今の天下ぞ。——その上にもいて、賄賂取りの大曲者おおくせものはそも誰と思うか。聞けよ皆の者」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お銀は妙にえんずる色があります。
お菊ちゃんは、眼に、えんをふくんで
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)