好々爺こうこうや)” の例文
宗十頭巾に十徳じっとく姿、顎鬚あごひげ白い、好々爺こうこうや然とした落語家はなしか仲間のお稽古番、かつらかん治爺さんの姿が、ヒョロヒョロと目の前に見えてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その時、大柄ののっぽうの、それでいていつもなつめのような顔をして眼の細い、何か脱俗している好々爺こうこうやが著て来たのがこれであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
(その好々爺こうこうやは、クリストフが祖父とともに初めて官邸へ伺って、ハスレルに会ったあの晩から、すでにその地位にいたのである。)
たとえ血脈の間がらとはいえ、幼少の子を果し合いの名目人に提供して惜しまないほどの好々爺こうこうやである。一も二もなく他説に従って
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
市長になる前にはどこかの県知事も務めたそうであったが、見るからに詰らん好々爺こうこうやで年がら年中朝顔と菊の栽培でばかり苦労していた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そのときの上野介は宗匠頭巾そうしょうずきんをかぶった好々爺こうこうやで彼は道で、すれちがう誰彼の差別もなく、和やかな微笑をたたえて話しかけた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
奈良屋三郎兵衛は五十五六、江戸の大町人で、苗字帯刀みょうじたいとうを許されているというにしては、好々爺こうこうやという感じのする仁体でした。
自分の意見などと云うものは持ち合せない淳朴じゅんぼく好々爺こうこうやのようであるが、母親と云う人は父親よりは大分しっかりしたところがあるらしい。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
臼木はX病院の忠実な会計のおじさんとして、病院のみならずその附近の町の人達からも信用されるような好々爺こうこうやになった。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
先生は一面非常に強情なようでもあったが、また一面には実に素直に人の言う事を受けいれる好々爺こうこうやらしいところもあった。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼は中傷によってへつらわれた好々爺こうこうやらしい快い微笑を浮かべて、その赤児をながめた、そして他人事ひとごとのように言った。
エバン船長は欧洲大戦生き残りの勇士で、いまなおおかすべからざる気概きがいをもっていたが、一面好々爺こうこうやでもあった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人のよい好々爺こうこうやになり切って、夕方東京から帰って来る時には、瑠璃子の心をよろこばすような品物や、おいしい食物などをお土産にすることを忘れなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ただ、和服を着ておられるので、これがあの有名な将軍だとは思われないほど親しみやすい好々爺こうこうやに見えた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
老いて愚に返ったの字の祝いのようで、まるで置き物かなんぞのように至極穏当な好々爺こうこうやとしか見えない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ相も変らぬ芸無し猿、天才的な平凡児として持って生まれた天性を、あたりはばからず発揮しつくしながら悠々たる好々爺こうこうやとして、今日こんにちまで生き残って御座る。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かうしてブラウエンベルグ氏は、雷雲たたなはる英雄の座から悠然と降り立つて、今やカラマンケンあたりの山村の瓢々ひょうひょうたる一好々爺こうこうやになりすましたのである。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ラザルスは例の無関心で、大勢のなすがままに任せていたので、たちまちにして如何にも好く似合った頑丈な、孫の大勢ありそうな好々爺こうこうやに変わってしまった。
秀子さんのお父さまは新太郎君が想像していた通りの好々爺こうこうやだった。病後の衰弱を見せながらも
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
玄関払いなどされないように。斎藤氏って、どんなじいさんだろう。案外、好々爺こうこうやで、おうよく来たね、と目を細めて、いやいや、そんな筈はない。甘く考えてはいけない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
タウンゼンド氏は頭の禿げた、日本語の旨い好々爺こうこうやだった。由来西洋人の教師きょうしと云うものはいかなる俗物にもかかわらずシェクスピイアとかゲエテとかを喋々ちょうちょうしてやまないものである。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
菩提樹ぼだいじゅや白樺の老樹が霜で真っ白になった姿には、いかにも好々爺こうこうや然とした表情があって、糸杉や棕櫚しゅろよりもずっと親しみがあり、その傍にいるともう山や海のことを想いたくもない。
このいわゆる「切支丹」訂正「西洋」大奇術の一座の頭梁株とうりょうかぶとも総支配人とも覚しいのは、頭のはげた五十恰好かっこうの日本人で、白く肥った好々爺こうこうやですが、ドコかに食えないところがあって
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あか黒い顔の頬が垂れ、眼袋ができていた、ちょっと見ると好々爺こうこうやにみえるが、細い眼の底には相当するどい光りがあり、悪くいえば狡猾こうかつ、ひいきめにみても老獪ろうかいという感じはまぬかれない。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
りそうな、串戯じょうだんものの好々爺こうこうやの風がある。が、歯が抜けたらしく、ゆたかな肉の頬のあたりにげっそりとやつれの見えるのが、判官ほうがん生命いのちを捧げた、苦労のほどがしのばれて、何となく涙ぐまるる。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の好々爺こうこうやの表情が忽ち緊張して、その鋭い両眼は、刺す様に輝き始めた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当主である清太郎の父の理兵衛は放縦ほうしょう好々爺こうこうやである。じっとしてはいられない性分で、何かと事業に手を出したがる。今までに幾つかの事業に手を出しては人にもだまされ、ことごとく失敗に終っている。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と彼はこの上もない好々爺こうこうやらしい顔つきでつけ足した。
他の者らのようにユダヤの好々爺こうこうやとならないうちから、民族固有のあらゆる機才をもって、自分のもたない感情をも代わる代わる背負っていた。
彼はその崇高な仕事を一つの賦役として機械的にやってはしないか。囚人馬車のなかで死刑執行人と相並んでるその好々爺こうこうやを、一個の司祭だと諸君はいうのか。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
「馬超は亡命の客将。黄忠はすでに老朽の好々爺こうこうや。それらの人士と、われにも同列せよとのお旨であるか」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり父はいつの間にか暴君の座から引きおろされて、好々爺こうこうや式な父に変化して行きつつあつたのだ。もつとも雷雨はかなり頻繁に来た。厳しさも全く失はれたのではなかつた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
パイプを脂下やにさがりにくわえたままチェロを奏しているカサルスの写真を私はしばしば見受ける。あの好々爺こうこうや然とした自由な態度は、やがて美しい音楽の流るるがごとく生れ出る原因でもあろう。
親戚といっても、立入って口出しをする程の近しい人はなかったし、斎藤老人は実直一方の好々爺こうこうやで、こんな時の力にはならなかった。乳母のお波は、多弁で、正直で、涙もろい外に取柄のない女だ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これと反対に、すこぶる好々爺こうこうやな白猫がやって来る。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
がこの好々爺こうこうやはもはや故人となって、何物をも求めてはいなかったのである。——それゆえに、名手や管弦楽長や劇場主らは、多くの憐憫れんびんを彼にかけてやっていた。
郷里宛城えんじょうの田舎に引籠ひきこもっていた司馬懿しばい仲達は、退官ののちは、まったく閑居の好々爺こうこうやになりすまし、兄司馬、弟司馬しょうのふたりの息子あいてに、至極うららかに生活していた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老人についてなら「好々爺こうこうやだ」と言いたい気を起こさせるほどのものだった。
小男の顔が、まるで好々爺こうこうやのようにみくずれた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
家の者たちはこの好々爺こうこうやを馬鹿にしていましたが、それでもやはり自慢にしていました。「これは気違いじいさんだ、けれど、天才であるかもわかったものではない……」
子供たちよ、この好々爺こうこうやの祝福を受けてくれ。
クリストフはその好々爺こうこうやを長椅子いすからなぐり落としてやろうかとも考えた。彼はリュシアン・レヴィー・クールがなんと言ってるか聞きたがっていた。攻撃の口実をねらいすましていた。