仏頂面ぶっちょうづら)” の例文
旧字:佛頂面
夫人は終始仏頂面ぶっちょうづらで飯をかっこんでいました。酔った翌朝のことですから、味噌汁が非常においしかった。またつくり方も上手でした。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
並んで一緒にいると仏頂面ぶっちょうづらをして黙っているのが気に入らないので、私は少しも面白くなくって、物をもいわず、とっとと走った。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
叔父があわてて口の締まりをして仏頂面ぶっちょうづらに立ち返って、何かいおうとすると、葉子はまたそれには頓着とんじゃくなく五十川いそがわ女史のほうに向いて
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おおかぶさってるまゆ山羊やぎのようで、あかはな仏頂面ぶっちょうづらたかくはないがせて節塊立ふしくれだって、どこにかこう一くせありそうなおとこ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし、あなたの身内の方々、それから、近しいお友達は、あなたが仏頂面ぶっちょうづらをしている時しか、あなたを見たことがないのです。
あの不景気な仏頂面ぶっちょうづらが、俺のアブノーマルな嗜好しこうに適したという訳でね。だから、俺は相当あの煙草屋については詳しいんだ。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
米友もまた仏頂面ぶっちょうづらで返事はしましたけれども、その大きな物体を、なんとなく間抜けた男だと思わないわけにはゆきません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
直ちに曹長のもとに行きて「飯の切符を下さい」と言へば曹長は仏頂面ぶっちょうづらにて「飯の切符はきまりの時間に取りに来ねばいかん」
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
諸人は黙然としてただ仏頂面ぶっちょうづらをそむけていた。するとその不満組の一人たる周泰がすこしすすんで将台の上へ呼びかけた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人公は答弁の限りでないというような仏頂面ぶっちょうづらをして又電文に眺め入った。鳥居氏の家系が猿から出たか何うかという討論は差当り延期になった。
或良人の惨敗 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わざと思切ってしみったれな真似をした挙句あげくに過分な茶代を気張って見たり、シンネリムッツリと仏頂面ぶっちょうづらをして置いて急にはしゃぎ出して騒いで見たり
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
私は西村に日本語を教えにわざわざ渡来した次第でもないから、仏頂面ぶっちょうづらをして見せたぎり、何とも答えず歩き続けた。
長江游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
主人は仏頂面ぶっちょうづらで何やらぶつくさ呟いていたが、これも一度ぺこんとした。すると親方コブセははじめて私に気付いたように、じろりとこちらを見上げた。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
支那人のボオイはますます仏頂面ぶっちょうづらをしだして、その男のために中央の円卓子の上を不機嫌ふきげんそうに片づけ始めた。それを見ると私はなんだか急に微笑がしたくなった。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「相変らずやかましい男だ。せっかく好い心持に寝ようとしたところを」と欠伸交あくびまじりに仏頂面ぶっちょうづらをする。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「承諾書に書いてあったはずです。」仏頂面ぶっちょうづらして答えてやった。これが試験か? あきれるばかりだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
無気力でしみったれた笑い声や空咳からせき、「年ごろ」の会話をぎこちなくこねまわしている暗い物置のような詰所で、同じようなくすんだ仏頂面ぶっちょうづらをならべて黙りこくる気分には
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
若者は仏頂面ぶっちょうづらで答えた。藤吉は化石したように突っ立ったきり——人々はその顔を見守る。
津の国人くにびとは和泉の国人の顔をみるためにって来るものとしか思えず、どちらも、珍しくもない仏頂面ぶっちょうづらをあわせるだけで、橘姫のしみるような顔のやさしさは絶えて見るべくもなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、ほんの一分か二分も経たないうちに、さっき彼の仏頂面ぶっちょうづら忽然こつぜんとして現われた歓喜の色が、同じようにたちまち跡形もなく消え失せて、再びその顔には気懸りらしい表情が浮かんだ。
俗人も山師も新聞記者も種々雑多なものが来ている。先生ひまがあると、煙草盆を下げて出て誰にでも会って話をする。気に喰わぬから門前払いをくらわすとか、仏頂面ぶっちょうづらをして話すとかいう事が更にない。
おはまは省作と並んで刈りたかったは山々であったけれど、思いやりのない満蔵に妨げられ、仏頂面ぶっちょうづらをして姉と満蔵との間へはいった。おとよさんは絶対に自分の夫と並ぶをきらって、省作と並ぶ。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
金原は気を悪くしたみたいな仏頂面ぶっちょうづらのまま黙っていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
とど助は、仏頂面ぶっちょうづら
例の仏頂面ぶっちょうづらした中川淵之助は、あだかも自分が、この手の指揮者でもあるように、はやりかける他の六名をいましめて云った。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ルピック夫人は、仏頂面ぶっちょうづらをして、戸を開ける。盲人めくらの腕をとって、あわただしく引きずりこむ。自分が寒いからだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
仏頂寺は仏頂面ぶっちょうづらをしながら、でも、松茸の土瓶蒸がまんざらでもないと見えて、しぶしぶ引返して行くのです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
『ダントン小伝』を寄稿したのは俺だといって自分を紹介したら、円山さんは仏頂面ぶっちょうづらに笑い一つ見せないで、そんなら上れといった。俺もそんなら上った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「何というすばらしい仕掛けでしょう、ホラ、御覧なさい。主人の仏頂面ぶっちょうづらが大きく写っていますよ」
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分は今でも雨にたたかれたようなお重の仏頂面ぶっちょうづらを覚えている。お重はまた石鹸を溶いた金盥かなだらいの中に顔を突込んだとしか思われない自分のな顔を、どうしても忘れ得ないそうである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ちぇっ、こんなものを食わせやあがるのか?」と仏頂面ぶっちょうづらをしていると
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
親分藤吉一流の手だ、こう真正面まともにどやしつけられては、江戸っ子の手前勘次と彦兵衛、即座に仏頂面ぶっちょうづらを忘れて、勇みに勇んで駈け出さざるを得ない。彦の合羽の裾をくわえて、甚右衛門が先に立った。
何だか気に入らぬことでもあると思われて仏頂面ぶっちょうづらをしていう。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
昼ごろ、仏頂面ぶっちょうづらをした太陽が、霧の晴れ間からのぞきかけて、あお白い眼を薄目にあけたが、またすぐつぶってしまう。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それまでやや仏頂面ぶっちょうづらしていた市松が、急に顔をあからめて、はっと指先を下へつき、喜色を姿にかがやかしている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太鼓叩たいこたたきも、よくもまあ、あんな仏頂面ぶっちょうづらがしていられたものだと、よそ目には滑稽こっけいにさえ見えているのだけれど、彼等としては、そうして思い切りほおをふくらしてラッパを吹きながら
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
若い男が破舟やれぶねの中へ這入はいってしきりに竿さおを動かしている。おいこの池は湯か水かと聞くと、若い男は類稀たぐいまれなる仏頂面ぶっちょうづらをして湯だと答えた。あまりいやな奴だから、それぎり口をくのをやめにした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを意識する事が彼れをいやが上にも仏頂面ぶっちょうづらにした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
初めからこの若い夫婦者の境遇に、他意ない同情をよせてきた妙達だけに、こうなると、理解のほかなものがわいて、親切者の仏頂面ぶっちょうづらといったような顔にもなる。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこまで問答が進むと、仏頂面ぶっちょうづらで答えていた刑事の顔に、ただならぬ不安の色が現われた。博士がなぜこんなことを、根掘り葉掘り訊ねるのか、その意味がおぼろげに分って来たのだ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
婆は娘の仏頂面ぶっちょうづらに気をつかいながら、おしゃくして
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)