“すゑ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:スヱ
語句割合
末60.2%
裔15.7%
季7.4%
据3.7%
陶2.8%
末弟2.8%
下旬1.9%
下浣1.9%
後裔1.9%
居0.9%
流0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
南滿洲(みなみまんしゆう)には、やはり石器時代頃(せつきじだいころ)からすでに人間(にんげん)が住(す)んでをりましたが、周(しゆう)の末(すゑ)から漢(かん)の初(はじ)めに支那人(しなじん)が盛(さか)んに植民(しよくみん)してゐたのです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
彼アイヌ、蝦夷島(アイヌモシリ)の神(かみ)、古伝神(オイナカムイ)、オキクルミの裔(すゑ)。ほろびゆく生ける屍(ライグル)。夏の日を、白き日射を、うなぶし、ただに息のみにけり。
篁 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
季(すゑ)の弟は不如意な寺の財政の中から、無理に中學校へ通はしてあるけれど、これは何時(いつ)物になるやら分らぬ。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
暮から始まつて、幾人かの人を斬つた曲者——その中には相當の腕のある武家もあり、ヤハな腕前では、あの据(すゑ)物斬の凄い業(わざ)が、出來る筈もありません。
花瓶(はながめ)の陶(すゑ)の白磁(しろで)の瞟眼(ひがめ)して
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
己(お)れの爲(す)る事(こと)は亂暴(らんぼう)だと人(ひと)がいふ、亂暴(らんぼう)かも知(し)れないが口惜(くや)しい事(こと)は口惜(くや)しいや、なあ聞(き)いてくれ信(のぶ)さん、去年(きよねん)も己(お)れが處(ところ)の末弟(すゑ)の奴(やつ)と正太郎組(しようたらうぐみ)の短小野郎(ちびやらう)と萬燈(まんどう)のたゝき合(あ)ひから始(はじ)まつて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私(わたし)が釧路の新聞へ行つたのは、恰度一月下旬(すゑ)の事、寒さの一番酷しい時で、華氏寒暖計が毎朝零下二十度から三十度までの間を昇降して居た。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
神無月、下浣(すゑ)の七日(しちにち)
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あの悪魔の後裔(すゑ)めが自分で修復して棲んでをつたので、堅気な人はその側を通ることも避けるやうにしたものぢや。
立退(たちのか)うと云ふを夫三五郎が止めて烟草入を證據(しようこ)に富右衞門に負(かぶ)せる上は立退(たちのく)に及ばぬ急に立去(たちさら)ば却つて疑惑(うたがひ)が懸(かゝ)ると云れてお前は氣が付身躰(みこし)を居(すゑ)たでは無か其時に三十兩と云ふ金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
捕(とら)へ此乞食(このこじき)めと人中(ひとなか)にて散々(さん/″\)罵(のゝし)り恥(はづか)しめければ今は四郎右衞門も腹(はら)に居(すゑ)兼(かね)大いに憤(いきど)ほりけれどもとても腕(うで)づくにては叶(かな)ひ難(がた)しと思ひ其日も堪(こらへ)て歸りしが不※(ふと)心付(こゝろづき)我(わ)が日來(ひごろ)信心(しんじん)なす金毘羅(こんぴら)へ祈誓(きせい)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ことに井沢は四四弓の本末(もとすゑ)をもしりたる人の流(すゑ)にて、四五掟ある家と聞けば、今否(いな)むとも承(うけが)はじ。