“けいし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
罫紙34.5%
京師24.5%
家司14.5%
継嗣5.5%
桂枝4.5%
経史3.6%
刑死3.6%
啓示2.7%
繼子0.9%
京子0.9%
敬之0.9%
経子0.9%
経死0.9%
荊莿0.9%
軽視0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
ただ読んでいるばかりでは済まない。時には抜書きをすることもある。万年筆などの無い時代であるから、矢立罫紙を持参で出かける。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
京師の地子銭を免除したり相当政治的なことをやった以上、信長を殺せば後は野となれ山となれ的な棄鉢でやった事ではない。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いちど書院へ入って、書簡をしたため、家司の重臣二人をよんで、こまごま、使いの口上をさずけてから、またもとの水亭へもどって来た。
そこで問題になるのは継嗣のことである。六万三千石の所領と、家名血統と、ひいては全家臣たちのためには、どうしても世子がなくてはならない。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
馬「はゝ当帰大黄芍薬桂枝かね、薬の名のようなめ方だからおかしい、何しろ一寸休んで近くで拝見などは何うでげしょう」
成善は経史兼松石居に学んだ。江戸で海保竹逕の塾を辞して、弘前で石居の門をいたのである。石居は当時既に蟄居されていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
我が家に江戸にたとせたるあり。かれがかたりしに、江戸に寒念仏とて寒行をする道心者あり、寒三十日をりて毎夜鈴が森千にいたり刑死回向をなす。
世間に啓示して遣るのだ。どれだけの才能を放棄して置いて、危く鱷のに葬つてしまふところであつたと云ふ事を、世間の奴等が理解するだらう。
七代の將軍と家繼公とぞ申したてまつる此君御不運にまし/\もなく御他界にて有章院殿と號したてまつる是に依て此度は將軍家に御繼子なく殿中闇夜燈火
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かんじける正直理非ふして糸筋の別れたるが如くなりしとかや其後正徳六年四月晦日將軍家繼公御多界まし/\有章院殿と號し奉る御繼子是によつて御三家より御養子なり東照宮に御血脉きによつて御三家の内にても尾州公紀州公御兩家御帶座にて則ち紀州公上座り給ふ此君仁義兼徳にまし/\吉宗公と申將軍となり給ふ其後諸侯の心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
京子浪華より芸園に名高きもの輩出し、海内に聞ゆるものありといへども、その該博精通、蒹葭堂の如きもの少し。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
……エエ……これが天下に有名な九州帝国大学、医学部、精神病科教授、医学博士、正木敬之氏で御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
く本私刑史、曰く支那刑法史、曰く経子一家言、曰く周易一家言、曰く読書五十年、この五部の書が即ちこれである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
帝、孝孺の一族を収め、一人を収むるち孝孺に示す。孝孺顧みず、ち之を殺す。孝孺の妻鄭氏諸子とは、皆経死す。二女えられてを過ぐる時、に橋より投じて死す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
信長も幼少から、荊莿の中に育って来た。元康も苦労の中に人となった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生命を軽視し、それを大事にまもり育てようとする願いを持たない人が、一見どんなにすばらしい死に方をしようと、それは断じて真の意味でみごとであるとはいえない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)