罫紙けいし)” の例文
友の手紙には恋のことやら詩のことやら明星みょうじょう派の歌のことやら我ながら若々しいと思うようなことを罫紙けいしに二枚も三枚も書いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ただ読んでいるばかりでは済まない。時には抜書きをすることもある。万年筆などの無い時代であるから、矢立やたて罫紙けいしを持参で出かける。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
初のは半紙の罫紙けいしであったが、こん度のは紫板むらさきばんの西洋紙である。手の平にべたりと食っ附く。丁度物干竿ものほしざおと一しょに蛞蝓なめくじつかんだような心持である。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その時先刻さっき火をけて吸い始めた巻煙草まきたばこの灰が、いつの間にか一寸近くの長さになって、ぽたりと罫紙けいしの上に落ちた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、お梅は突き付けられた罫紙けいしの帖面を不承々々に手に取つて注意した。とても自分達には眞似も出來ないやうに細かに付け留めてあるのに驚かされた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
しかし、それから三日目の朝、この事件を担当していた捜査課の梅田という若い刑事が、課長室へやってきて、罫紙けいし二枚つづりの次のような書類を提出した。
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
しかも変な事には、何を狼狽うろたえたか、一枚半だけ、罫紙けいしで残して、明日の分を、ここへ、これ(火曜)としたぜ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると字を書いた罫紙けいしが一枚、机の下に落ちているのが偶然彼の眼を捉えた。彼は何気なにげなくそれを取り上げた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
西洋罫紙けいしにペンで細かく書いた幾枚かのかなり厚いもので、それを木村が読み終わるまでには暇がかかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それで何十年ですか忘れましたが、何十年かかかってようやく自分の望みのとおりの本が書けた。それからしてその本が原稿になってこれを罫紙けいしに書いてしまった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
わが物書くべき草稿の罫紙けいしは日頃いとまある折々われ自らバレン持ちて板木はんぎにてりてゐたりしが、八重今はたすきがけの手先墨にまみるるをもいとはず幾帖いくじょうとなくこれを摺る。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
居士は常にそれに対して反覆丁寧なる返書をくれた。それは巻紙の事もあったが、多くは半紙もしくは罫紙けいしを一つづりにし切手を二枚以上ったほどの分量のものであった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼は封筒の頭をると、一葉いちようの海軍罫紙けいしをひっぱり出した。長造の眼は、釘づけにでもされたように、その紙面の一点に止っていたが、やがてしずかに両眼は閉じられた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
地名の多い郡では十三行の罫紙けいし百枚以上の大冊が六七冊もあり、中には一箇村か二箇村で一巻をなす例もあった。山地が多くてそれを分割利用していた地方などである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
僕は大いにこれを光栄とし、適宜にラテン語の引用をはさんで、長々と演説の準備をしました。正直なところ、満足な出来栄できばえです。僕は、そいつを大型の罫紙けいしに清書しました。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
いずれはふるさとの自慢の子、えらばれた秀才たちは、この輝かしい初陣に、腕によりをかけた。彼もまた、罫紙けいしちりをしずかに吹きはらってから、おもむろにペンを走らせた。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これはその頃の有名な俳人の句を各州に分けてしたためたもの、下へは罫紙けいしを入れて、たんねんにしてあった、これと位牌いはい、真中に『釈一茶不退位』とあって、左右に年号のあるもの
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「さよう——」と堀は指につばをつけて罫紙けいしの文字に目を走らせながら云った、「阿賀妻さん——ここに、失礼だが、あなたの足もとの、あなたの家中に、強制移民の無理がある」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
爺さんが北海道に帰ってからよこした第一の手紙は、十三行の罫紙けいし蠅頭じょうとうの細字で認めた長文の手紙で、農とも読書子ともつかぬ中途半端ちゅうとはんぱな彼の生活を手強く攻撃したものであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この文鎮というのは先生がフルスカップって、そら大きな西洋の罫紙けいしね、あれを広げたまま押さえる為に特別におこしらえになったので、長さ一尺以上あるでしょう。ニッケルなんですって。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
伝七郎は黙った。門之助は弟の顔を軽侮に耐えぬもののようににらみつけたが、小言を言う張合いもないといいたげに舌打ちをして、「朝食が済んだら木下に紙を出させて罫紙けいしを刷っておけ」
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とりあえずパラパラと繰って内容をあらためてみたが、それは赤い表紙のパンフレットみたようなものを一番上にして、西洋大判罫紙けいしや、新聞の切抜を貼り付けた羅紗紙らしゃがみの綴じたものと一緒に
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、なぜかなつかしくって、息子がインキで罫紙けいしに書いた手紙を、鼻さきへ持って行って嗅いで見た。清三の臭いがしているように思われた。やがて為吉が帰ると、彼女はまっ先に手紙を見せた。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そして、何気なく、自分の机の抽斗ひきだしを開けると、罫紙けいしに走り書で
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刑務所の書信用紙というのは赤刷りの細かい罫紙けいし
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
と、奥役は何やら細々こまごま記した罫紙けいしを見ながら
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
宅に帰ては薄葉うすよう罫紙けいし書記かきしるしておいた。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
伝令兵の持って来た赤い罫紙けいしには
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
かれはふたたび日記を書くべく罫紙けいしを五六十枚ほど手ずからじて、その第一ページに、前の三か条をれいれいしくかかげた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
洋卓テエブルの上には一枚の罫紙けいしに鉛筆が添えてせてある。何気なく罫紙を取り上げて裏を返して見ると三四行の英語が書いてある。読み掛けて気がついた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
原稿紙らしい罫紙けいしやら洋紙の方眼紙やらが積んである上に、三角定木と両脚規とが文鎮がはりに置いてある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
受附のような所で、罫紙けいしの帳面に名前を書いて、奥へ通ると、玄関の次の八畳と六畳と、二間一しょにした、うす暗い座敷には、もう大分、客の数が見えていた。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それが罫紙けいしの上をあるいは右に、あるいは左に、前後上下に働きはじめた。渡瀬は仕事たこのできた太い指の間にイーグル鉛筆を握って、数字と数字との間を縦横に駈けめぐった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わたしはしばしば家を移したが、その度ごとに梔子くちなし一株を携え運んで庭に植える。ただに花を賞するがためばかりではない。その実を採って、わたしは草稿の罫紙けいしる顔料となすからである。
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卓子の上にはうずだかく何枚もの罫紙けいしが積まれている。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたくしは大正四年の十二月に、五郎作の長文の手紙がうりに出たと聞いて、大晦日おおみそか築地つきじの弘文堂へ買いに往った。手紙は罫紙けいし十二枚に細字さいじで書いたものである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
同時にまた肉身の父を恥じる彼自身の心の卑しさを恥じた。国木田独歩を模倣した彼の「自ら欺かざるの記」はその黄ばんだ罫紙けいしの一枚にこう言う一節を残している。——
しばらく罫紙けいしの上の楽書らくがきを見詰めていた甲野さんは眼を上げると共に穏かに云い切った。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
渡瀬は今日もまた新井田氏と罫紙けいしとをかたみ代りに見やりながら続けた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
封筒から引き抜いた十行二十字詰の罫紙けいしの上へ眼を落した彼は一気に読み下した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いつも餘り長い手紙にてかさばり候故そろゆゑ、當年は罫紙けいし認候したゝめそろ御免可被下候ごめんくださるべくそろ。」
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
田中中尉は机の上へ罫紙けいしを何枚もじたのを出した。保吉は「はあ」と答えたぎり、茫然と罫紙へ目を落した。罫紙には叙任じょにんの年月ばかり細かい楷書かいしょを並べている。これはただの履歴書ではない。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)