逆様さかさま)” の例文
旧字:逆樣
白いカフスが七宝しっぽう夫婦釦めおとボタンと共にかしゃと鳴る。一寸に余る金がくうかすめて橋のたもとに落ちた。落ちた煙は逆様さかさまに地からがる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「皆飲むなよ」と、長い竹筒の水を渡してやれば、先生竹筒に口を当てるが早いか、逆様さかさまにして皆ゴボゴボと飲んでしまった。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
澄夫はうやうやしく大盃を押戴おしいただいたが、伝六郎が在合ありあ熱燗あつかんを丸三本分逆様さかさまにしたので、飲み悩んだらしく下に置いて口を拭いた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その後に冬木立の逆様さかさまに映った水面の絵を出したらそれは入選したが「あれはあまりり過ぎてると碧梧桐へきごどうが云ったよ」
明治三十二年頃 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「あの人を殺して下さい。」——この言葉は嵐のように、今でも遠い闇の底へ、まっ逆様さかさまにおれを吹き落そうとする。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
親の心子知らずとは、よく人がいう奴だが、俺にゃそのことわざ逆様さかさまで、これ程慕う子の心が、親の心には通じねえのだ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
その窓のガラスには、動乱する群衆がすべ逆様さかさまに映っていた。それは空を失った海底のようであった。無数の頭が肩の下になり、肩が足の下にあった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そん伍長は、門を出ながら、副官はどうして荷物を逆様さかさまにしたり、あんなおちつかない様子で持って行ったのだろう、一体何が入っていたのかと妙な気がした。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
逆様さかさまに伏せって動かなくなったので、それを取ってみますとすっかり飯が減っていたということです。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
悪くすると逆様さかさまに金権者流から高利をしぼられるくらいが落ちで、ずっと下積みになると、行き詰まれば借金の多いところから、保護法のない海外へ出るよりほかなく
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一匹の馬がつまずいて、乗り手が逆様さかさまに落ちようとした。しかしその時にはもう一人の乗り手が、いち早く横手へ走って来ていて、落ちかかった乗り手を手を延ばして支えた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それが頂辺てっぺんのデッキから、真ッ逆様さかさまに、蒼い海へ、水煙みずけむりをあげて、次から次へ、飛びこむと、こちらでほうったいくつもの銀貨が海の中を水平に、ゆらゆら光りながら、落ちて行く。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それさえ何となく、ホーム・スウィート・ホームで、明朗さを与えるもののように思われた。蠅のやつも、恐らく伸び伸びと、このうららかな部屋に逆様さかさまになってねむっていることであろう。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
な、貴辺あなた、こりゃかようなざまをするのが、既にものに魅せられたのではあるまいか。はて、宙へ浮いてあがるか、谷へ逆様さかさまではなかろうか、なぞと怯気おじけがつくと、足がすくんで、膝がっくり。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うぐいすの身を逆様さかさまに初音かな 其角
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
二人の身体は逆様さかさまに馬の上から墜落すると、抱き合ったまま砂地の上を転った。蹴り合い、踏み合う彼らの足尖あしさきから、砂が跳ね上った。草葉が飛んだ。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「石段をあがると、何でも逆様さかさまだからかなわねえ。和尚さんが、何て云ったって、気狂きちげえ気狂きちげえだろう。——さあれたよ。早く行って和尚さんに叱られて来めえ」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紺碧のナポリの湾から山腹を逆様さかさまに撫で上げる風は小豆大あずきだいの砂粒を交えてわれわれの頬に吹き付けたが、ともかくも火口を俯瞰ふかんするところまでは登る事が出来た。
二つの正月 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と云って三人が弓に矢をつがえると、小僧は早くも身をかわして、子供達が隠れているのと反対の森に駈け込んで、木の頂上に逆立さかだちをしたり、逆様さかさまにブラ下ったりして見せた。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作萠円山人(著)
発止はっしと受けは受けたものの、ズルズルと後へ退った刹那、足踏み外して逆様さかさま、幾丈と高い断崖から、氷張り詰めた千曲川へ、「無念!」と叫ぶ声と共に行方も知れず落ちて行った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紙袋は彼の抒情詩を横だの逆様さかさまだのに印刷してゐた。
詩集 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
笑い声にあおられるように廊下の端まで転がって来ると階段があった。しかし、彼にはもう油がのっていた。彼はまた逆様さかさまになってその段々を降り出した。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
荒川が急に逆様さかさまに流れ出したと思ったら、コースがいつの間にか百八十度廻転して帰り路になっていた。
ゴルフ随行記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
眼を逆様さかさまに釣り上げて、チョット取り詰めた(逆上喪神の意)ようになりました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
静かなえんに足音がする。背の高い影がのっと現われた。かすりあわせの前が開いて、肌につけた鼠色ねずみいろの毛織の襯衣シャツが、長い三角を逆様さかさまにして胸にうつる上に、長いくびがある、長い顔がある。顔の色はあおい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
逆様さかさまに酒のめる見ゆ
パステルの竜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
思い出してのぞいてみると、蜂は前日と同じように、からだ逆様さかさまに巣の下側に取り付いて仕事をしていた。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、彼の身体は曲った真油の背の上で舟のようにっていた。と、次の瞬間、彼はにじられた草の緑が眼につくと、反耶に微笑ほほえ不弥うみの女の顔を浮べて逆様さかさま墜落ついらくした。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
逆様さかさまの御介抱を受けまするなりにこの世を去りまする面目なさ。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
反絵は、恐怖の色を浮かべて逃げようとする反耶の身体を抱きかかえると、彼を円木まろきの壁へ投げつけた。反耶の頭は逆様さかさまに床を叩いて転落した。反絵は腰のつるぎをひき抜いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
寝台から逆様さかさまに飛降りて自殺した患者の亀裂した頭蓋骨——
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「アハハ、途方もない美味うまか鰤じゃったなあ。ホーキに御馳走様じゃった。まず一杯差そうと云いたいところじゃが、赤桝ますの中はこの通り、逆様さかさまにしても一しずくも落ちて来んスッカラカン……アハハハハ。スマンスマン……」
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)