さいな)” の例文
彼(もしくは彼女)を苦しめさいなんだ不正者には、法律の許す範囲において自己を防禦する術があります。然し死人に口はありません。
死者の権利 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
同時に又いつもクリストの中に我々をさいなんでやまないものを、——近代のやつと表現した世界苦を感じずにはゐられないであらう。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は悪人の最後を舞台で見てよろこぶ人の心持で、松の樹の上で植木屋が切りさいなむ太い藤蔓を、軒の下にしやがんで見上げて居た。
この厳冬というに家康は火の気もない伽藍がらんのような広間に坐っていた。貧苦と逆境には骨のずいまでさいなまれて来た人とも見えない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それだのに眼の前に見えている、大門まで一気に行けないのは、疲労と衰弱とが極端に、金兵衛をさいなんでいるからであろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
赤児まで敵の片割れとばかり斬りさいなんで、札荅蘭ジャダラン族は一人あまさず、かの砂漠の虎、成吉思汗ジンギスカンめの餌食となるのか——。
われわれみなはさいなまれている受刑者の顔から御光が射し始めたような表情をどんなふうに受け取ったことでしたろう。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
実際にあれ等はみな無くなって仕舞うのです。そして残された切ない心だけが、わたくしを削りさいなみます。
ある日の蓮月尼 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やあ、朱塗の木棍ねっこは、白い膚をさいなみつつ、烏賊のあざれがにおいを放って、また打つとともにムッと鼻をついた。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男に対する苦痛と罪悪とに日夜さいなまれ通しで生きて来たかの女であつた。かの女はその重荷に堪へかねた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
して呼んで上げなかったんだろう、あの人が、あんなにさいなまれて殺されている間、それをここにじっと立って、だまって聞いていた私の心持が、自分でわかりません
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あなたはご存じないのです。あたくしは、あの栄誉の地位にあるが故に、昼となく夜となく表と裏とからさいなまれているのです。あたくしにびへつらう群と、あたくしを
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして私が自分の鬱屈した部屋から逃げ出してわれとわが身を責めさいなんでいた間に、彼らはほんとうに寒気と飢えで死んでしまったのである。私はそのことにしばらく憂鬱を感じた。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その間も、あの女のみだりがましい、しおれた容色の厭らしさが、絶えず己をさいなんでいた事は、元よりわざわざ云う必要もない。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いかに人間をして人間をさいなましめたかという生々しい記録をなす保元の乱の主役であり、犠牲者であったお人が、すなわち、崇徳上皇なのである。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さいなんで、片袖をもぐほどにも虐んで、そのあげくに切って殺したものと、こう考えれば考えられる
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しばらくその儘辛抱しんぼうするが宜い。その苦しみを奥歯でじっと噛み絞めるが宜い。そして、今お前がさいなまれて居るその恥辱に、まともに向い合って呉れ。眼を外らすでは無いぞ。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
解けないものが次々に彼の心をさいなむ。一つ解くとまた一つの迷いに逢着ほうちゃくする。そしてまったく、剣も心も、空虚うつろになる。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして再びこの小さなカンヴァスの中に、恐しい焦躁しょうそうと不安とにさいなまれているいたましい芸術家の姿を見出した。
沼地 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「天草一揆! 吉利支丹キリシタンの奴ばら! さいなみに来おる! 許してくれ!」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きょうまでの難路や風雪の苦行にさいなまれぬいてきた自分の肉体と心が、この人の前では、あまりに甲斐なき惨憺さんたんにばかり傷ついていて、どこかに
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
操を破られながら、その上にもいやしめられていると云う事が、丁度らいを病んだ犬のように、憎まれながらもさいなまれていると云う事が、何よりも私には苦しかった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自分はその世間にさいなまれて来ただけであるが、さすがに又八は男だけあって、以前よりもどこかしっかりしたところが人間に出来てきたように思われた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は彼の迷信や彼の感傷主義と闘はうとした。しかしどう云ふ闘ひも肉体的に彼には不可能だつた。「世紀末の悪鬼」は実際彼をさいなんでゐるのに違ひなかつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今まで私をおびやかしたのはただ何とも知れない不安な心もちでございましたが、その後はある疑惑ぎわくが私の頭の中にわだかまって、日夜を問わず私を責めさいなむのでございます。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「生きるも辛し、死にもならず、かくまでの苦患くげんさいなまるるとは、いかなる悪業あくごうのむくいでおざろうか」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後にはに消えかかった、煤臭すすくさほたの火だけが残った。そのかすかな火の光は、十六人の女にさいなまれている、小山のような彼の姿を朦朧もうろうといつまでも照していた。……
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
牢頭という沽券こけんの手前、わしもその日までは、猿に対して、白眼視していたが、猿がほんとに、明日限りこの牢から姿を消すかと思うと、たまらない淋しさと絶望にさいなまれた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この燈台の光でさえそう云う私には晴れがましい。しかもその恋人に、さいなまれ果てている私には。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
眼がさめるとまた、かえって夢よりも切実にこわ現身うつしみかえって、惻々そくそくさいなまれた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから——こんな種々雑多の感情は、それからそれへと縁を引いて際限なく彼をさいなみに来る。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
生きていても、あなたとこの世のご縁はないし、ただ心は日ごと苦しみ、身は不仁ふじんな太師のにえになって、夜々、さいなまれるばかりです。せめて、後世ごせちぎりを楽しみに、冥世あのよへ行って待っております
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或は牛頭ごづ、或は馬頭めづ、或は三面六臂さんめんろつぴの鬼の形が、音のせぬ手を拍き、声の出ぬ口を開いて、私をさいなみに参りますのは、殆ど毎日毎夜のことと申してもよろしうございませう。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
兎に角さう云ふいろ/\の人間が、火と煙とが逆捲く中を、牛頭馬頭の獄卒にさいなまれて、大風に吹き散らされる落葉のやうに、紛々と四方八方へ逃げ迷つてゐるのでございます。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
兎に角さう云ふいろ/\の人間が、火と煙とが逆捲く中を、牛頭ごづ馬頭めづの獄卒にさいなまれて、大風に吹き散らされる落葉のやうに、紛々と四方八方へ逃げ迷つてゐるのでございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
廊下ろうかを通る人の足音とか、家中かちゅうの者の話声とかが聞えただけで、すぐ注意がみだされてしまう。それがだんだんこうじて来ると、今度はごく些細ささいな刺戟からも、絶えず神経をさいなまれるような姿になった。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いや、それよりも一層身の毛がよだつたのは、師匠の良秀がその騷ぎを冷然と眺めながら、徐に紙を展べ筆を舐つて、女のやうな少年が異形な鳥にさいなまれる、物凄い有樣を寫してゐた事でございます。
地獄変 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いや、それよりも一層身の毛がよだつたのは、師匠の良秀がその騒ぎを冷然と眺めながら、徐に紙をべ筆をねぶつて、女のやうな少年が異形な鳥にさいなまれる、物凄い有様を写してゐた事でございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)