しほ)” の例文
まして、畑と云ふ畑は、麻でも黍でも、皆、土いきれにぐつたりと頭をさげて、何一つ、青いなりに、しほれてゐないものはない。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なんぞほかに新しい花を召しますのなら、どうか名を仰有おつしやつて下さいまし、女の胸の上、戀人の床の上にしほれる花の名はみんな存じてをりますから。
わるい花 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
聟よりの言伝とて何一言の口上もなく、無理に笑顔は作りながら底にしほれし処のあるは何か子細のなくては叶はず、父親てておやは机の上の置時計を眺めて
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それはあまりにいた仕事しごとなので有繋さすが分別盛ふんべつざかり主人しゆじんなかつた。内儀かみさんがた。勘次かんじます/\しほれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しほれきつて暮した自分たちを、あらたに思ひ出させるあの怨み深い父! あの無気味な男が、あのいやなおやぢが、これから「父の王座」に坐つて、自分たちを叱つたりするのか?
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
祇園精舍の鐘われがねならば、聞くものこれをいとはしとし、われがねならずばこのましとせむ。沙羅雙樹の花しほればなならば、見る人これより去り、しほれ花ならずばこれに就かむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
食物しよくもつはる樹木じゆもく若芽わかめるとこのんでべ、またしるおほくさべますが、なつになつて草木くさき生長せいちようすると穀物こくもつやそばなどべ、さむくなつてくさしほれると森林内しんりんないでぶな、かし
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
芭蕉の葉は既にしほれた。
晩秋の頃 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
さもしく或は軽浮であらうとも俺にはまた却てその無邪気と痴態とがしほらしくも亦いぢらしく思はれたのだつた……そればかりか俺も亦釣られて栗鼠のやうに飛びあるいた……而しておしまひには二人とも監獄に堕ちて了つた……兎に角……と又右の眼がぢつ霊魂たましひに喰ひ入るやうに覗き込む……汝達おまへたちはあまりに夢想家だつた
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
貴君あなたお聞遊しましたかと良人をつとに向ひていまはし気にいひける、娘は俄にしほれかへりしおもてに生々とせし色を見せて、あのそれ一昨年をととしのお花見の時ねと言ひいだ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何ゑと受けて聞けば学校の庭は奇麗でしたねへとて面しろさうに笑ふ、あの時貴君あなたが下すつた花をね、私は今も本の間へ入れてありまする、奇麗な花でしたけれどももうしほれてしまひました
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
吉ちやんお前にももうはれなくなるねえ、とて唯いふことながらしほれて聞ゆれば、どんな出世に成るのか知らぬが其処へ行くのはしたがよからう、何もお前女口一つ針仕事で通せない事もなからう
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まれひたるうれしさにのみはこゝろも付かざりしが、むこよりの言傳ことづてとてなにこと口上こうじようもなく、無理むり笑顏ゑがほつくりながらそこしほれしところのあるはなに子細しさいのなくてはかなはず、父親てゝおやつくえうへ置時計おきどけいながめて
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)