莨盆たばこぼん)” の例文
飲ませる間がなかったら、その薬を今度はふた粒、莨盆たばこぼんの火入れの中にでもくべて御ろうじ、たちまち一座がその場で睡ってしまうんだ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「そいつぁちっと早いな。怪しいもんだぜ」などと、鶴さんは節の暢々のびのびした白い手をのばして、莨盆たばこぼんを引寄せながら、お島の顔を見あげた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
五つ六つくらいの子の、ようやく髪の伸びかけたのは先ず「お莨盆たばこぼん」に結う。ちょっと鹿の子を掛けたりすると可愛いものだ。
京のその頃 (新字新仮名) / 上村松園(著)
安楽椅子ともいうべき寝椅子と、その他二三脚の普通の椅子、それに莨盆たばこぼんを乗せた小さい卓子……等だけが、ほんのりと浮き出して見えるきりです。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
通し物は逸早いちはやく満枝が好きに計ひて、少頃しばしことば無き二人が中に置れたる莨盆たばこぼんは子細らしう一ちゆう百和香ひやつかこうくゆらせぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そこへ常客の鮒釣りの客が一人見えたので、預った竿を出してやり、餌と茶莨盆たばこぼんを船に入れて船を送り出しました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
第一、莨盆たばこぼん蒔絵まきえなどが、黒地にきん唐草からくさわせていると、その細いつるや葉がどうも気になって仕方がない。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
六帖の窓をあけると川が見えるが、四帖半のほうは雨戸を閉め、屏風びょうぶをまわした中に夜具が敷いてあった。枕許には絹張りの丸行燈と莨盆たばこぼんや水差まで揃っていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼がそこにある椅子に腰をかけるや否や、まだ茶も莨盆たばこぼんも運ばれない先に、細君はすぐ顔を出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大「左様かすぐに茶の良いのを入れて莨盆たばこぼん、に火をけて、いか己が出迎うから……いや是は/\どうか見苦しい処へ何とも恐入りました、どうか直にお通りを……」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
小児こども飴菓子あめがしを売って一手ひとて踊ったり、唄ったり、と同じ格で、ものは違っても家業の愛想——盛場さかりばの吉原にさえ、茶屋小屋のおかっぱお莨盆たばこぼんに飴を売って、じじやあっち、ばばやこっち
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶と莨盆たばこぼんと菓子が出て、それから主人が現われた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私の父は潔癖家で、毎朝、自分の使う莨盆たばこぼんの灰吹を私に掃除させるのに、灰吹の筒の口に素地きじの目が新しく肌を現すまで砥石といしの裏に何度も水を流してはらせた。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
差付けらるるを推除おしのくるはずみに、コップはもろくも蒲田の手をすべれば、莨盆たばこぼん火入ひいれあたりて発矢はつしと割れたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
友達は長煙管ながぎせる煙草たばこをつめながら、静かな綺麗きれいな二階の書斎で、温かそうな大ぶりな厚い蒲団ふとんのうえに坐って、何やら蒔絵まきえをしてある自分持ちの莨盆たばこぼんを引き寄せた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
宗城孝也むねきこうやは足袋をはきながら、促すように医者のほうを見た。花崗道円みかげどうえんは浮かない顔つきで、ひどく念いりに手指を拭き、それから莨盆たばこぼんをひきよせて、いっぷくつけた。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……これから案内あんないしたがつて十二でふばかり書院しよゐんらしいところとほる、次は八でふのやうで正面しやうめんとこには探幽たんにゆう横物よこものかゝり、古銅こどう花瓶くわびんに花がしてあり、煎茶せんちや器械きかいから、莨盆たばこぼんから火鉢ひばちまで
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
やがて、小姓達の少年が二人、厚い錦のしとねと、莨盆たばこぼんを縁側にもたらしたと思うと、鞘形綸子さやがたりんずの寝巻に、紺羅紗こんらしゃの羽織を羽織った三斎、なるほど、めっきりやつれを見せて出て来た。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
女は例の小座敷にあがり、座蒲団を並べたり莨盆たばこぼんを出したり、小屏風を立てたりしていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
言はるるままに客間に通りて、端近はしちかう控ふれば、彼ははたなりしをんなを呼立てて、速々そくそくあるじかたへ走らせつ。莨盆たばこぼんいだし、番茶をいだせしのみにて、納戸なんどに入りける妻は再びきたらず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管きせるの先ですと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆たばこぼんや、それらを使いながら、彼女の心は新鮮にふるえるのだった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
女は茶碗を置き、莨盆たばこぼんをひきよせて、いっぷく吸いつけた、「いちど花魁おいらんをひかせたことがあったけれど、廓づとめをしたその人でさえ、躯がもたないって逃げだしたくらいよ」
水を口から注ぎ込むとたちまち湯になって栓口から出るギザーや、煙管きせるの先で圧すと、すぐ種火が点じて煙草に燃えつく電気莨盆たばこぼんや、それらを使いながら、彼女の心は新鮮にふるえるのだった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「それならいいじゃないか」肥えた客はまた莨盆たばこぼんを取って煙草に火をつけた、「——眼の前で数えて眼の前で包んで、手から手へじかに渡したんだ、受取ったあとでおまえさんがなにをしたか」
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)