しげり)” の例文
庭樹のしげりに隠れ行く篠田の後影うしろかげながめりたる渡辺老女のまぶたには、ポロリ一滴の露ぞコボれぬ「きツと、お暇乞いとまごひ御積おつもりなんでせう」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
何の樹とも知らないが、これが呼びものの、門口もんぐちに森を控えて、庭のしげりは暗いまで、星に濃く、あかりに青く、白露しらつゆつややかである。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十町ばかり往ったと思うころ天鵞絨びろうどの峰の頂上が篠竹と樹木の絡みあった前方に夕陽を浴びて見えた。そこは平地になって樹木と篠竹のしげりが遠のいて一面に木の花が咲いていた。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かの逆巻さかまく波に分け入りし宮が、息絶えて浮び出でたりし其処そこの景色に、似たりともはなはだ似たる岸の布置たたずまひしげり状況ありさま乃至ないしたたふる水のあやも、透徹すきとほる底の岩面いはづらも、広さの程も、位置も、おもむき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この梢の入り違ったしげりの中から
峠のこの故道ふるみちは、聞いたよりも草が伸びて、古沼の干た、あししげりかと疑うばかり、黄にも紫にも咲交じった花もない、——それは夕暮のせいもあろう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高坂は思わず足踏あしぶみをした、草のしげりがむらむらとゆらいで、花片はなびらがまたもや散り来る——二片三片ふたひらみひら虚空おおぞらから。——
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最切いとせめてなつかしく聞ゆ、とすれば、樹立こだちしげりどっと風、木の葉、緑の瀬を早み……横雲が、あの、横雲が。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
溜息ためいきをして云った。浮世をとざしたような黒門のいしずえを、もやがさそうて、向うから押し拡がった、下闇したやみの草に踏みかかり、しげりの中へ吸い込まれるや、否や、仁右衛門が
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立向う山のしげりから、額を出して、ト差覗さしのぞさまなる雲の峰の、いかにそのすその広く且つ大なるべきかを想うにつけて、全体を鵜呑うのみにしている谷の深さ、山の高さが推量おしはかられる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくして、立ちて、いささかものに驚けるさます。なおうかがうよしして、花と葉のしげりに隠る。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妖物ばけもの屋敷と言合えるも、道理ことわりなりと泰助が、腕こまぬきてたたずみたる、頭上の松のしげりを潜りて天よりさっと射下す物あり、足許にはたと落ちぬ、何やらんと拾い見るに、白き衣切きぬぎれようのものに
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
門際のながれに臨むと、頃日このごろの雨で、用水が水嵩みずかさ増してあふるるばかり道へ波を打って、しかも濁らず、あおひるがえってりょうの躍るがごとく、しげりもとを流るるさえあるに、大空から賤機山しずはたやまの蔭がさすので
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唐突だしぬけしげりなかから、宛然さながら應答へんたふしてたもののごとく、なにいた。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
をんなぬまおよいて、はなしげりにかくれました。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)