自然じねん)” の例文
これと云う句切りもなく自然じねんほそりて、いつの間にか消えるべき現象には、われもまたびょうを縮め、ふんいて、心細さの細さが細る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近代の庸流ようる、おろかにして古風をしらず、先仏の伝受なきやから、あやまりていはく、仏法のなかに五宗の門風ありといふ。これ自然じねんの衰微なり、これを
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
東金堂におはします仏法最初の釈迦の像、西金堂に坐ます自然じねん湧出ゆしゆつの観世音、瑠璃るりを並べし四面のらう、朱丹を交へし二階の楼、九輪空に輝きし二の塔、たちまち煙となるこそ悲しけれ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
世を忘れ世に忘らるる身にしあれば甲斐なき友は自然じねんりぬ
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
為事しごとのように、自然じねん石をすぐに自然石の上に9020
自然じねん学院と称する私立感化院の応接室。
感化院の太鼓(二場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
自然じねん外道というのがそれです。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こっちへ向き直って、自分を誘い出そうとつとめる顔つきを見ると、頬骨の下が自然じねんと落ち込んで、落ち込んだ肉が再びあごわく角張かくばっている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「かくの如く修行しゆく所に、自然じねんに仏性現前の時節にあふ、時節至らざれば、参師問法するにも弁道工夫するにも現前せず」と考えるが、これは非常な謬見びゅうけんである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
同じ事を年に何度となく繰り返して行くうちに、自然じねん末枯すがれて来る気の毒な女房の姿は、この男にとってごうも感傷の種にならないように見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うんと踏ん張る幾世いくよの金剛力に、岩は自然じねんり減って、引き懸けて行く足の裏を、安々と受ける段々もある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なに自然じねんに押して行けば世話はない」とはさまった人をやり過ごして、苦しいところを娘といっしょになる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
戸の向側むこうがわに足音がしないから、通じないのかと思って、再び敲子に手を掛けようとする途端とたんに、戸が自然じねんいた。自分は敷居から一歩なかへ足を踏み込んだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五寸の円の内部に獰悪どうあくなる夜叉の顔を辛うじて残して、額際から顔の左右を残なくうずめて自然じねんに円の輪廓りんかくを形ちづくっているのはこの毛髪の蛇、蛇の毛髪である。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所が前半には其弊そのへい大分だいぶん少い。一種の空気がずつと貫いて陰鬱な色が万遍まんべんなく自然じねんに出てゐる。この意味において著者が前篇だけを世に公けにするのは余の賛成する所である。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
横に眺める噴火口が今度は自然じねんに後ろの方に見えだした時、圭さんはぴたりと足をめた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒い片髭かたひげが上唇を沿うて、自然じねんと下りて来て、尽んとするかどから、急にき返す。口は結んでいる。同時に黒いひとみは眼尻までって来た。母と子はこの姿勢のうちに互を認識した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長い廻廊をぐるぐる廻って、二つ三つ階子段はしごだんのぼると、弾力ばねじかけの大きな戸がある。身躯からだの重みをちょっと寄せかけるや否や、音もなく、自然じねんと身は大きなガレリーの中にすべり込んだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助そうすけ仕立卸したておろしの紡績織ばうせきおり脊中せなかへ、自然じねんんで光線くわうせん暖味あたゝかみを、襯衣しやつしたむさぼるほどあぢはひながら、おもておとくともなくいてゐたが、きふおもしたやうに、障子越しやうじごしの細君さいくんんで
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自分は、長蔵さんと主人との話を聞きながら、居眠いねむりを始めた。いつから始めたか知らない。馬を売損うりそこなって、どうとかしたと云うところから、だんだん判然はっきりしなくなって、自然じねんと長蔵さんが消える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねんと浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下でむさぼるほどあじわいながら、表の音をくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
森の上には、黒い雲が杉のこずえに呼び寄せられて奥深く重なり合っている。それが自然じねんの重みでだらりと上の方からさがって来る。雲の足は今杉の頭にからみついた。もう少しすると、森の中へ落ちそうだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)