臥床ねどこ)” の例文
一時ごろに、浅井が腕車くるまで帰って来るまで、お増は臥床ねどこに横になったり、起きて坐ったりして待っていた。時々下の座敷へも降りて見た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山の上には、大きなくまが木の枝に臥床ねどこを作つて、其所そこで可愛い可愛い黒ちやん=人間なら赤ちやん=を育てゝ居ました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
手も、足も、だるかった。彼は臥床ねどこの上へ投出した足を更に投出したかった。土の中にこもっていた虫と同じように、彼の生命いのちは復た眠から匍出はいだした。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さてその夜は明日を楽しみにおのおの臥床ねどこにはいッたが、夏の始めとて夜の短さ、間もなく東が白んで夜が明けた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
威勢よく、(開けます)とやろうとする、そのひらきの見当が附かぬから、臥床ねどこに片手いたなり、じっの内をみまわしながら、耳を傾けると、それ切り物の気勢けはいがせぬ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の壁にけてある画にある様に、旅の宿屋の馬小屋で馬の秣桶かひばをけを、臥床ねどこになされたのです、阿父おとうさんは貧しき大工で、基督も矢張り大工をなされたのです——く御聴きなさい
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
臥床ねどこに入ると、爪先から脈の音が聴えるようになりましたが、そうするとお母ろが、毛孔けあなから海の匂いを吹き入れてくれて、すっかり雲のように、わっしを包んでくれるんですよ
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
臥床ねどこの中から手を伸して枕もとに近い窓の幕を片よせると、朝日の光が軒をおおしいの茂みにさしこみ、垣根際に立っている柿の木の、取残された柿の実を一層ひとしお色濃く照している。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その臥床ねどこに、その休息の生活に、これらの溌剌はつらつとしたしかも疲れてる小さな身体を、鈍らず満ち足らずしかも生きることに活発貪欲どんよくなこれらの魂を、置いてみたらと彼は考えた。
二時となり三時となっても話は綿々として尽きないで、あんまり遅くなるからと臥床ねどこに横になって、蒲団の中にもぐずり込んでしまってもなおこのままてしまうのが惜しそうであった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
怠惰屋なまけやけつしてあがらない、たゞ一度いちどくさ臥床ねどこなかからけたこゑ張上はりあげて
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
やがて桟橋を離れて大海原にうかむとまた涼風がはだえにしみて寒いくらいである。私は臥床ねどこにはいる。朝七時半起床。もう佐田さたの岬がそこに見え、九州の佐賀関の久原くはらの製煉所の煙突を見る所まで来ている。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
遊びにみつかれたような浅井には、幾夜ぶりかで寝る、広々した自分の寝室ねま臥床ねどこに手足を伸ばすのが心持よかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そんなことを言つて夜中に私が泣きますと、お婆さんは臥床ねどこからからだを起して、傷み腫れた私の足を叩いて呉れました。
こと炬燵こたつ出来できたからわたしそのまゝうれしくはいつた。寐床ねどこう一くみ同一おなじ炬燵こたついてあつたが、旅僧たびそうこれにはきたらず、よこまくらならべて、のない臥床ねどこた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
抱擁すべき何物もない一晩の臥床ねどこは、長いあいだの勤めよりもだるく苦しかった。太鼓や三味しゃみの音も想い出された。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
特に炬燵こたつが出来ていたから私はそのままうれしく入った。寝床はもう一組おなじ炬燵にいてあったが、旅僧はこれにはきたらず、横に枕を並べて、火の気のない臥床ねどこに寝た。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
直樹は三吉夫婦と一緒に食卓にむかっても、絶間とめどがなく涙が流れるという風であった。その晩は三人とも早く臥床ねどこに就いたが、互におちおち眠られなかった。直樹は三吉と枕を並べてしくしくやりだす。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おゆうがくるまで飛込んでいった時、生家さとではもう臥床ねどこに入っていたが、おゆうはいきなり昔し堅気の頑固がんこな父親に、頭からおどかしつけられて、一層つきつめた気分で家を出た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)