狭苦せまくる)” の例文
旧字:狹苦
顔は下膨しもぶくれ瓜実形うりざねがたで、豊かに落ちつきを見せているに引きえて、ひたい狭苦せまくるしくも、こせついて、いわゆる富士額ふじびたい俗臭ぞくしゅうを帯びている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一人ひとりむすめは、狭苦せまくるしい自動車じどうしゃうちで、きゃくにもまれて、切符きっぷをはさむあいだも、花屋はなやみせさきにあった、水草みずくさ黄色きいろはなこころおもかべていました。
ガラス窓の河骨 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うしろ隅々すみ/″\についてゐる瓦斯ガス裸火はだかびの光は一ぱいにつまつてゐる見物人の頭にさへぎられて非常に暗く、狭苦せまくるしいので、さるのやうに人のつかまつてゐる前側まへがはの鉄棒から
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
保吉やすきちの海を知ったのは五歳か六歳の頃である。もっとも海とは云うものの、万里ばんりの大洋を知ったのではない。ただ大森おおもりの海岸に狭苦せまくるしい東京湾とうきょうわんを知ったのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかるに何事についても消極的に世にしょすれば、どれほど広き世間もただただ狭苦せまくるしくなるのみで
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なにおっしゃいます。狭苦せまくるしゅうはござりますが、御辛抱ごしんぼうしやはりまして。……」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「へえ、よろしゅうございます、こんな狭苦せまくるしいところでございますが」
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たしかにこれは、狭苦せまくるしいくだや小さい煖炉だんろの中をいずりまわるのとは、いささかわけがちがっていました。そよ風がすがすがしくいていました。町じゅうが緑の森のあたりまで見わたせました。
よし子は障子をてゝ、枕元へすはつた。六畳の座敷が、取りみだしてあるうへに、今朝けさ掃除さうじをしないから、なお狭苦せまくるしい。女は、三四郎に
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
に、ケースをげて、不案内ふあんない狭苦せまくるしいまちなかへはいりました。みちも、屋根やねも、一めんゆきにおおわれていました。
青い星の国へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
とうとうおとこは、わるいことをしたために、らえられて牢屋ろうやへいれられてしまいました。いままで、自由じゆうに、大空おおぞらしたあるいていたものを狭苦せまくるしい牢屋ろうやなかおくらなければならなかったのでした。
おけらになった話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
円顔まるがおのくるりとしたおとこが、しろ上着うわぎて、ただ一人ひとりひかえていましたが、めったにきゃくはいっているのをませんでした。なんとなく、みすぼらしく、それに狭苦せまくるしいかんじがしたからでしょう。
子供の床屋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
くずかごのなかは、うすぐらく、それにいきづまるように狭苦せまくるしくありました。ただ、そこにいるあいだは、なつかしいおじょうさんのうたこえいたのでありましたが、そのかおることはできませんでした。
風の寒い世の中へ (新字新仮名) / 小川未明(著)