掻口説かきくど)” の例文
夫を、兄弟を、あるいは情人を送ろうとして、熱狂した婦人がその列に加わり、中には兵士の腕をかかえて掻口説かきくどきながら行くのも有った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そう私の前もなく掻口説かきくどいてのお嘆きでした。ほんとに前に坐しているに耐えないようなご苦悶くもんに見えました。よくよくなお覚悟と思われまする
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と悲しい声を張りあげて、断末魔のやうに身体を顫はせて掻口説かきくどいてゐた。その痴川を麻油は母親のやうに抱いてやつて、けたたましく笑ひ出したが
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ともすれば籠み上げて来る鳴咽を噛みしめながら、はらわたのちぎれるような声を振り絞って夫に向って、訴えるように、励ますように、掻口説かきくどくのだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
小説にしないまでも、碓氷川の瀬の音の、更けて、いかに悲しくねざめの枕に響いたかということを、山鳥の尾のながながしく、掻口説かきくどいたことだろう。
春深く (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
あはれ時こそ來りたれ、外に戀を爭ふ人なければ、横笛こそは我れに靡かめと、夜となく晝とも言はず掻口説かきくどきしに、思ひ懸けなや、横笛も亦程なく行衞しれずなりぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
可疎うとましの吾子あこが心やと、涙と共に掻口説かきくどきて、かなしび歎きの余は病にさへ伏したまへりしかば、殿も所為無せんなくて、心苦う思ひつつも、なほ行末をこそ頼めと文の便たより度々たびたびに慰めて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「われこのままに不具の犬とならば、年頃の宿願いつかかなへん。この宿願叶はずば、養親やしないおやなる文角ぬしに、また合すべきおもてなし」ト、切歯はぎしりして掻口説かきくどくに、鷲郎もその心中すいしやりて
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
妾は生きて再び両親にもまみえがたかるべしなど、涙と共に掻口説かきくどき、そののちまたふみして訴えけるに、彼も内心穏やかならずすこぶる苦慮のていなりしが、ある時は何思いけんいだき上げて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
今一度お勢のそでひかえて打附うちつけに掻口説かきくどく外、他に仕方もないが、しかし、今の如くに、こう齟齬くいちがッていては言ったとて聴きもすまいし、また毛を吹いてきずを求めるようではと思えば
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
無邪氣むじやき笑顏ゑがほいつもあいらしく、雪三せつざう菊塢きくう秋草あきくささかりなりとかきくを、此程このほどすぐさずともなひてはたまはらずやと掻口説かきくどきしに、なん違背ゐはいのあるはずなく、おまへさま御都合ごつがふにて何時いつにてもおともすべしと
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「私あもう気でも違いたいよ。」としみじみと掻口説かきくどきたまいたり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜な/\掻口説かきくどき給ける。
次第に掻口説かきくどくような調子を帯びた。お倉の癖で、枝に枝がさして、しまいには肝心の言おうとすることが対手あいてに分らないほど混雑こんがらかって来た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と悲しい声を張りあげて、断末魔だんまつまのように身体をふるわせて掻口説かきくどいていた。その痴川を麻油は母親のように抱いてやって、けたたましく笑い出したが
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
魚松のおかみさんは、毎日のように、掻口説かきくどいていた。お次と又四郎のふたりが、祭の晩に、大川端から身投げしたと、この界隈で、いま、かくれもない評判の中に——。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしあもう気でも違ひたいよ。」としみじみと掻口説かきくどきたまひたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ト、涙ながらに掻口説かきくどけば、文角は微笑ほほえみ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
支倉は殆ど泣かん許りに掻口説かきくどいた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
お霜婆は散々さん/″\國の方の話をして、豐田のお婆さんや姉さんから私達兄弟のことも聞取りました。御蔭で國への土産話が出來た、それを別れ際まで掻口説かきくどきました。
古い洋傘こうもり毛繻子けじゅすの今は炬燵掛と化けたのを叩いて、隠居は掻口説かきくどいた。この人の老後の楽みは、三世相さんぜそうに基づいて、隣近所の農夫等が吉凶をうらなうことであった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
森彦からの手紙には、祖先の名誉も弟等の迷惑をも顧みられなかったことを掻口説かきくどくようにして、長兄にしてこの事あるはくれぐれも痛嘆の外は無い、と書いて寄した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは翌朝よくあさの霜の烈しさを思はせるやうな晩で、日中とは違つて、めつきり寒かつた。丑松が見廻りの為に出て行つた後、まだ敬之進は火鉢の傍にかじり付いて、銀之助を相手に掻口説かきくどいて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
吾児に因果でも言含めるやうに掻口説かきくどいて、今更別離わかれを惜むといふ様子。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ひとから内証を打開うちあけられた時ほど、是方こっちの弱身になることはありません。思いつめた御心から掻口説かきくどかれて見れば、しまいには私もあわれになりまして、染々しみじみ御身上おみのうえを思遣りながら言慰いいなぐさめて見ました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あのお霜婆さんが国の方の話を持って、一度以前の田辺の家へ訪ねて来た時のことを思出した。御蔭で国への土産話が出来たと言って、自分を前に置いて年とった女らしく掻口説かきくどいたことを思出した。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)