常闇とこやみ)” の例文
四日間の労役は楽しかったが、それが終ると、わし達はまた、以前の常闇とこやみの沼みたいな牢へ帰って、盲の魚のようにうようよしていた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見れども見えず、聞けども聞えず、常闇とこやみの世に住む我を怪しみて「暗し、暗し」と云う。わが呼ぶ声のわれにすら聞かれぬ位かすかなり。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
常に和合するかと思えば、また夫婦喧嘩をして、かれらは火花の如くに輝き、火花のごとくに常闇とこやみの世界へと消えて行った。
われは毛髮さかしまちて、卓と柩との皆獨樂こまの如く旋轉するを覺え、身邊忽ち常闇とこやみとなりて、頭の内には只だしくたへなる音樂の響きを聞きつ。
とてもつもらば五尺ごしやく六尺ろくしやく雨戸あまどけられぬほどらして常闇とこやみ長夜ちやうやえんりてたしともつじた譫言たはごとたまふちろ/\にも六花りくくわ眺望ながめべつけれど
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
手前どもが永い間閉じ籠められた常闇とこやみの国から抜け出して来て、久しぶりに見たのが今夜の満月でございましょう。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
誰か汝等を導ける、地獄の溪を常闇とこやみとなすけしよるよりいづるにあたりて誰か汝等の燈火ともしびとなれる 四三—四五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
同時に、疑惑と不幸と絶望との常闇とこやみの迷路をつまずき歩いている自分のすがたを、私は見守っていた。
沢の蛍は天に舞ひ、闇裏やみおもひは世に燃ゆるぞよ、朕は闇に動きて闇に行ひ、闇に笑つて闇にやすらふ下津岩根の常闇とこやみの国の大王おほぎみなり、正法しやうぼふの水有らん限は魔道の波もいつか絶ゆべき
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
夜すがら両個ふたりの運星おほひし常闇とこやみの雲も晴れんとすらん、隠約ほのぼの隙洩すきもあけぼのの影は、玉の長く座に入りて、光薄るる燈火ともしびもとに並べるままの茶碗の一箇ひとつに、ちひさ有りて、落ちて浮べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
世はむかしの常闇とこやみにかえったかと思われるばかりに真っ暗になって、大地は霹靂はたたがみに撃たれたようにめりめりと震動した。忠通も眼がくらんで俯伏した。女たちは息が詰まって気を失った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「天地の神なきものにあらばこそふ妹に逢はずしにせめ」(巻十五・三七四〇)、「逢はむ日をその日と知らず常闇とこやみにいづれの日まであれ恋ひ居らむ」(同・三七四二)などにあるように
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかもそれが一刹那いっせつなひらめくことがあっても次の瞬間にはすでにえてしまっている。いわゆる前方をとざしてわだかまるのは常闇とこやみである。一刹那の光はむしろ永劫えいごうの暗黒を指示するが如くに見える。
そしていつまで経っても、死ぬと云うことは許されない。浮世の花の香もせぬ常闇とこやみの国に永劫生きて、ただ名ばかりに生きていなければならぬかと思うと、何とも知れぬ恐ろしさにからだがすくむ。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
好加減よいかげんの怪物となる……パッと消失せてしまッた跡はまた常闇とこやみ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
だが、依然として——常闇とこやみ
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
夜も昼もない常闇とこやみの世界。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ほこきかな常闇とこやみ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
常闇とこやみの地獄のなやみ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、加賀見忍剣かがみにんけんの身のまわりだけは、常闇とこやみだった。かれは、とんでもない奈落ならくのそこに落ちて、土龍もぐらのようにもがいていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの三日間の死の常闇とこやみが余りにも深刻であったので、この地上の熱や光りではとても温めることも出来ず、また彼の眼に沁み込んだ、その常闇を払い退けることが出来ないのだと思って
天もくらく、地もくらく、世は常闇とこやみとなることを祈っている。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
身も魂もくづをれぬ、いでこのままに常闇とこやみ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
時には遠き常闇とこやみ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
常闇とこやみの牢長屋の奥で、ガチャンと冷たい鉄の音がする。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常闇とこやみつきぬ苛責せめにやさまよふべき。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
碓氷峠の細道、八丁常闇とこやみの陽の目知らず。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)