山谷堀さんやぼり)” の例文
とほりかゝるホーカイぶしの男女が二人、「まア御覧ごらんよ。お月様。」とつてしばら立止たちどまつたのち山谷堀さんやぼり岸辺きしべまがるがいな当付あてつけがましく
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
今戸いまどわたしと云う名ばかりは流石さすがゆかし。山谷堀さんやぼりに上がれば雨はら/\と降り来るも場所柄なれば面白き心地もせらる。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
向う河岸を山谷堀さんやぼりに通う猪牙ちょきの音の断続したのもしばし、やがて向島の土手は太古のような静寂に更けて行きます。
山谷堀さんやぼりにして、その幅甚だ濶からずといへどもただちに日本堤の下に至るをもて、往時むかし吉原通よしわらがよいをなす遊冶郎等のいはゆる猪牙船ちよきぶねを乗り込ませしところにして
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そうしてつぎに……いや、それよりも、そうした木立の間から山谷堀さんやぼりの方をみるのがいい。——むかしながらの、お歯黒のように澱んで古い掘割の水のいろ。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
優善は吉原の湊屋の世話で、山谷堀さんやぼりの箱屋になり、おもに今戸橋の湊屋で抱えている芸者らの供をした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その頃江戸川べりに住んでいた私は偶然川畔かわべり散策ぶらついていると、流れをりて来る川舟に犢鼻褌ふんどし一つで元気にさおをさしてるのが眉山で、吉原よしわら通いの山谷堀さんやぼりでもくだ了簡りょうけん
待乳山まっちやまを背にして今戸橋いまどばしのたもと、竹屋の渡しを、山谷堀さんやぼりをへだてたとなりにして、墨堤ぼくてい言問ことといを、三囲みめぐり神社の鳥居の頭を、向岸に見わたす広い一構ひとかまえが、評判の旗亭きてい有明楼であった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
堀の太鼓持、つまり山谷堀さんやぼりの太鼓持で、三八という奴です。
舟は、せまい山谷堀さんやぼりへはいっていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何故かというと、この渡場は今戸橋の下を流れる山谷堀さんやぼりの川口に近く、岸にあがるとすぐ目の前に待乳山まつちやまの堂宇と樹木がそびえていた故である。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
古本屋の店は、山谷堀さんやぼりの流が地下の暗渠あんきょに接続するあたりから、大門前おおもんまえ日本堤橋にほんづつみばしのたもとへ出ようとする薄暗い裏通に在る。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一しきり渡場へ急ぐ人の往来ゆききも今ではほとんど絶え、橋の下に夜泊よどまりする荷船の燈火ともしび慶養寺けいようじの高い木立をさかさに映した山谷堀さんやぼりの水に美しく流れた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一しきり渡場わたしばへ急ぐ人の往来ゆきゝも今ではほとんど絶え、橋の下に夜泊よどまりする荷船にぶね燈火ともしび慶養寺けいやうじの高い木立こだちさかさに映した山谷堀さんやぼりの水に美しく流れた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
土手八丁どてはっちょうをぶらりぶらりと行尽ゆきつくして、山谷堀さんやぼり彼方かなたから吹いて来る朝寒あさざむの川風に懐手ふところでしたわが肌の移香うつりがいながらやま宿しゅくの方へと曲ったが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
嘉永三年の頃には既に閉店し、対岸山谷堀さんやぼりの入口なる川口屋お直の店のみなお昔日せきじつに変らず繁昌していたことが知られる。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
長吉ちやうきち病後びやうご夕風ゆふかぜおそれてます/\あゆみを早めたが、しか山谷堀さんやぼりから今戸橋いまどばしむかうに開ける隅田川すみだがは景色けしきを見ると、どうしてもしばら立止たちどまらずにはゐられなくなつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
長吉は病後の夕風を恐れてますます歩みを早めたが、しかし山谷堀さんやぼりから今戸橋いまどばしむこうに開ける隅田川すみだがわの景色を見ると、どうしてもしばらく立止らずにはいられなくなった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昭和二年の冬、とりいちへ行った時、山谷堀さんやぼりは既に埋められ、日本堤にほんづつみは丁度取崩しの工事中であった。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三囲みめぐり橋場はしば今戸いまど真崎まっさき山谷堀さんやぼり待乳山まつちやま等の如き名所の風景に対しては、いかなる平凡の画家といへども容易に絶好の山水画を作ることを得べし。いはんや広重においてをや。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
支那画家の一派もまた時としては柳橋やなぎばし山谷堀さんやぼり辺りの風景をば、あたかも水の多い南部支那の風景でもスケツチしたやうに全く支那化してゑがいてゐるが、これは当時の漢詩人が向島むこうじまを夢香洲
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
王子わうじ音無川おとなしかは三河島みかはしまの野をうるほした其の末は山谷堀さんやぼりとなつて同じく船をうかべる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
王子おうじ音無川おとなしがわ三河島みかわしまの野をうるおしたその末は山谷堀さんやぼりとなって同じく船をうかべる。
根岸の藍染川あいそめがわから浅草の山谷堀さんやぼりまで歩みつづけたような事がある。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)