寺内じない)” の例文
上杉の隣家となりは何宗かの御梵刹おんてらさまにて寺内じない広々と桃桜いろいろうゑわたしたれば、此方こなたの二階より見おろすに雲は棚曳たなびく天上界に似て
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お雪がうるさくなって、病気出養生でようじょうと、東福寺の寺内じないのお寺へ隠れると、手を廻して居どころを突きとめ、友達の小林米謌べいかという人を仲立ちに
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おときはその柿の木を指さして、この寺内じないに果樹の多い事が、いかに自分達夫婦の心を楽しくさせるかを梵妻に話した。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
さくら山吹やまぶき寺内じないはちすはなころらない。そこでかはづき、時鳥ほとゝぎす度胸どきようもない。暗夜やみよ可恐おそろしく、月夜つきよものすごい。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今さら尾行びこうをよすのはざんねんですから、両手をにぎりしめ、下腹にグッと力を入れて、同じいけがきのやぶれから、暗やみの寺内じないへとしのびこみました。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕の近所に南蔵院なんぞういんと云う寺があるが、あすこに八十ばかりの隠居がいる。それでこの間の白雨ゆうだちの時寺内じないらいが落ちて隠居のいる庭先の松の木をいてしまった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
予はフイイレンチエの偉人廟パンテオンであるサンタ・クロスの広場へ来てダンテの大石像を仰ぎ、寺内じないはひつてヂヨツトの筆に成る粗樸そぼくにして雄健ゆうけんな大壁画に見恍みとれた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
縁あって我が寺内じないに骨を埋めたからは、平等の慈悲を加えたいという宗教家の温かい心か、あるいは別に何らかの主張があるのか、若い僧の心持こころもちは私には判らなかった。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
国師こくしッ、この寺内じない信玄しんげんの孫、伊那丸をかくまっているというたしかな訴人そにんがあった。なわをうってさしだせばよし、さもなくば、寺もろとも、きつくして、みな殺しにせよ、という厳命げんめいであるぞ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
講釈などでしますと大してほめる白馬で、同じ白馬でも浅草の寺内じないにある白馬は、あれは鮫と申して不具かたわだから神仏へ納めものになったので、本当の白馬は青爪でなければならんと申します、臠肉しゝむら厚く
上杉うへすぎ隣家となり何宗なにしうかの御梵刹おんてらさまにて寺内じない廣々ひろ/\もゝさくらいろ/\うゑわたしたれば、此方こなたの二かいよりおろすにくも棚曳たなび天上界てんじやうかい
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
百円ぐらいを立作者たてさくしゃ寺内じないが取り、残りの百五十円を一同に分配するのだとかいうことであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
コロムボで名高い釈迦仏陀寺ぶだじふたが、近年スマンガラ僧正の歿後は僧堂の清規せいきふるはないらしく、大勢の黄袈裟きげさを着けた修行僧は集まつて居るが、寺内じないの不潔に呆れる外は無かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「ええ御二階がありましたっけ。あすこへ御移りになった時なんか、方々様ほうぼうさまから御祝い物なんかあって、大変御盛ごさかんでしたがね。それからあとでしたっけか、行願寺ぎょうがんじ寺内じないへ御引越なすったのは」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寺は安中路あんなかみちを東に切れた所で、ここら一面の桑畑が寺内じないまでよほど侵入しているらしく見えた。しかし由緒ある古刹こさつであることは、立派な本堂と広大な墓地とで容易に証明されていた。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しばしやどかせはるのゆくひくるもみゆ、かすむゆふべの朧月おぼろづきよに人顏ひとがほほの/″\とくらりて、かぜすこしそふ寺内じないはなをば去歳こぞ一昨年おとゝしそのまへのとしも、桂次けいじ此處こゝ大方おほかた宿やどさだめて
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もっとも汽車の方で留ってくれたから一命だけはとりとめたが、その代り今度は火にって焼けず、水に入っておぼれぬ金剛不壊こんごうふえのからだだと号して寺内じない蓮池はすいけ這入はいってぶくぶくあるき廻ったもんだ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)