宿直とのい)” の例文
兵部卿ひょうぶきょうの宮は時が時であったから苦しくお思いになって、桐壺きりつぼ宿直とのい所へおいでになり、手紙を書いて宇治へお送りになったあとも
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それまで、彼は宿直とのいがあったり、気色もなおらなかったので、小次郎とも顔を合せなかったが、その朝、彼の棟をぶらりと訪れて
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その上に白絹の布がおおうてある。すべて品よき装飾。ふすまの模様もしっとりとした花や鳥など。回り縁にて隣の宿直とのい部屋へやに通ず。庭には秋草。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
下ろした御門もあろうし、お次にはお茶坊主、宿直とのいの武士というのが控えてる位なもんじゃあないか。よくこうやって夜一夜よッぴて出歩かれるねえ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、おたきがしとねにはいるのを見届けてから、菊岡は退出し、代って二人の女中が、控えの間で宿直とのいをするのであった。
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今又、里の娘に変装して、本陣内に忍び込み、宿直とのいその他の者に眠り薬をがして、高田殿の側まで接近したのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
それとなくお宿直とのいの、さまざまな取沙汰を思い出させた上、このように正体もなく居睡りをつづけていることが、軽い憎しみをさえ感じ出させた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
近江の国から、或郡司ぐんじの息子が宿直とのいのために京に上って来て、そのおばにあたる尼のもとに泊ることになったのは、ちょうど秋の末のことだった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さいわい、宿直とのいの者にも見とがめられず、一刀をぬきはなって、一気にさかいのふすまをあけた駿河太郎は、おもわず「あッ」と立ちすくみました。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ここは伊那家の大奥の、奥方の寝殿の控えの間、いわば宿直とのいの居間であった。侍女侍臣を退けて、百地三太夫と若殿と、たった二人だけで守っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうですね、いつぞやも御天守の初重しょじゅうで、お宿直とのいの方々が、その品さだめでとりいてしまったそうです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はじめ、お下館しもやかたへさげられてゆっくり休んでいた与吉を、朝早く宿直とのいの侍が揺り起こしたのだった——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宿直とのいの者たちがきびしく番をいたしており、方々の御門を固めていたのでござりましたが、難なく忍び入りまして、奥御殿の様子を窺いますと、女房達の話声がして
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
左右の次の間には、典医と、侍女と、宿直とのいの人々とがいたが、物音も、話声もしなかった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
昔話のつな金時きんときのように、頼光らいこうの枕もとに物々しく宿直とのいつかまつるのはもう時代おくれである。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だから主馬頭モンテイロが宮廷に宿直とのいの夜なんか、蒸暑むしあつい南国のことだから窓を開け放して、本人は寝巻か何か引っかけた肉感的エロティックなスタイルのまんま、窓枠にもたれて下の往来を覗きながら
二人は宿直とのいの間の畳廊下へ向い合った。百舌鳥もずの声がやかましい程城内に交錯している。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頼光らいこう土蜘蛛つちぐもに悩まさるる折、綱、金時きんとき宿直とのいする古画等に彼輩この風に居眠る体を画けるを見れば、前に引いた信実の歌などに深山隠みやまがくれの宿直猿とのいざるとあるは夜を守って平臥せぬ意と見ゆ。
時の将軍源義家朝臣は南殿に宿直とのいしており、御悩みの刻限にいたるや弓弦を三度響きわたらせると、高声で、「前陸奥守さきのむつのかみ源義家」と名乗ると、弓勢に劣らぬ裂帛れっぱくの気勢は聞く者の身が総毛立ち
宿直とのいして迎へはべりぬ君が春 月居
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大将のあのへんのあちらこちらの荘園の者が皆仰せで山荘の御用を勤めております。代る代る宿直とのいをおさせになったりもするようです。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ぼッ、ぼッ……と大廊下三げんきの金網ぼんぼり、風を吸って、あやうげに明滅しているが、油をいで廻る宿直とのいの影とて見当りません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄の鉄之助てつのすけというのが、その為に高田の松平まつだいら家を呪って、城内に忍び込み、何事をか企てようとしたところを、宿直とのいの侍女に見出されて捕えられた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
宿直とのいはならぬと云ってある、誰かに申しつけられたのか」と甲斐は訊いた、「誰に申しつけられた、惣左衛門か」
宿直とのいの武士とおぼしい者が、物具、刀、太刀など散らし、枕を外して眠っている姿が、有明の灯でかすかに見えた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奥のわたどのにくつ投げ入れてその夜も宿直とのいのように体裁つくろうていては、もう、何の尽すすべもなかった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ハッと気がつくと、前には宿直とのいの武士が二、三十人、円陣をつくって、駿河太郎をまっていたのです。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
仰天した伊吹大作、宿直とのいの際は万一の用に、常に身近に引きつけておく手槍を取るより早く
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宿直とのいの侍どもは庭伝いにばらばらと駈けあつまって来た。そのなかでも近ごろ筑紫から召しのぼされた熊武という強力ごうりきの侍が、大きいまさかりを掻い込んで庭さきにうずくまったのが眼に立った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
深雪は、宿直とのいと聞いて、ほっとした、と同時に
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
宿直とのい部屋へやに立とうとする)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
宿直とのいの侍の詰めているほうへは行かずに、葦垣あしがきで仕切ってある西の庭のほうへそっとまわって、垣根を少しこわして中へはいった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
あるじ帳内ちょうだいに間ぢかく詰めている宿直とのいたちはもちろん始終を聞いていたし、対屋たいのやや遠侍の控えにまで、清盛の声はきこえて来た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無数の人が宿直とのいをする。しかしやっぱり盗まれてしまう。鼓賊こぞく、鼓賊とこう呼んで、江戸の人達はじ恐れた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寝所の次が控えの間で、その三方を宿直とのいの間が囲んでおり、二人ずつ三組で宿直番に当る規則であった。
若き日の摂津守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
むらがる宿直とのいの衆をきりはらいながら、思いきって井ゲタの中へ、ポンととびこんでしまったのです。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その薬法はかねて記して置いたが、それよりも、眠り薬を巧みに用いれば、宿直とのいの者も熟睡うまいして、その前を大手を振って通っても見出されぬ。つまり姿を消したも同然じゃ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
彼も悪魔の復讐を気づかって、その夜から宿直とのいの侍の数を増してひそかに用心していたが、直接には別になんの禍いもなかった。しかし、玉藻は決してそれを無事に済まそうとはしなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何人もの口を通して宿直とのいの重役へ伝達する。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
秋風のにも虫の声にも帝が悲しみを覚えておいでになる時、弘徽殿こきでん女御にょごはもう久しく夜の御殿おとど宿直とのいにもお上がりせずにいて
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
当然、宿直とのいたちの影がすぐ「……あ、どちらへ?」と、あとを慕って来そうにした。信濃は彼らの怪しみ顔を、ッとおさえて
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次ノ間は、村山、矢崎、辻村たちの宿直とのいであった。甲斐は着替えをするときに、振返って久馬を見た。
「はっ」といらえてふすまを開き、手をつかえたは宿直とのいの武士、「は、お召しでございますか?」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中屋敷下屋敷へもあまねく聞え渡ったので、血気の若侍共は我れその変化の正体を見届けて、渡辺綱、阪田公時にも優る武名を轟かさんと、いずれも腕をさすって上屋敷へ詰かけ、代る代る宿直とのいたが
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どうしたのでしょうか、大将様から仰せがあったのだと言いまして、宿直とのいする人が出過ぎたことばかりを言うようになりまして困ります。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「こよいも、宿直とのいの日じゃ。また、殿から何か訊かれるかも知れぬ。そうわしを困らせずに、ともあれ一度、藩邸へお顔を出してもらいたいが」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おれはあやまちを繰り返したくなかったので、浜松では宿直とのいをするつもりだったが、殆んどもの狂おしいようなおうたの誘いに抗しきれず、夜半になって隠居所で逢った。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
隣りは宿直とのいの室であったか、「はっ」とかしこまる声がするとあいの襖が静かに開いた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「もう戸をおろしておしまいなさい。こわいような夜だから、私が宿直とのいの男になりましょう。女房方は皆女王にょおうさんの室へ来ていらっしゃい」
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そのほか集まって来ていた足軽だの、宿直とのいの者だの、番士たちだのが、真っ黒に垣をなして何か騒々ざわざわいっているのだった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)