宰相さいしょう)” の例文
その軍師たり宰相さいしょうたる重職にある孔明が、身に一兵も伴わず、まったくの単身で、呉へ行くという意気はけだし容易な覚悟ではない。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それ自身が大芸術家や大宰相さいしょうとなるような才能ではなくて、ジコーサマと段はちがうが、それと同質の才能にすぎなかったと私は思う。
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
皇子のお帰りとあって、院の御所からはお迎えの車がつかわされた。皇子の母上始め、乳母、持明院じみょういん宰相さいしょうの喜びは一通りではなかった。
有王 成経殿はこのたび宰相さいしょうの少将にのぼられるといううわさでございます。平氏に刃向はむかうことなどは思いもよらぬように見受けられます。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
既にシャーターが宰相さいしょうに任ぜられた時分に、前の法王であったテーモ・リンボチェが、ああもう乃公おれの寿命もこれできわまったといったそうですが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
……したかあするがいいだ、なに構うべえ、みんなはみんな、おめえはおめえよ、……人それぞれ世はさまざま、宰相さいしょうもいれば駕舁かごかきもいるだあ
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
宰相さいしょうはちかつぎと二人ふたりで、そっとたび支度したくにかかりました。すっかり支度したく出来できると、けきらないうち二人ふたりはそっとお屋敷やしきしました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
むかしは、宰相さいしょうして人のためにえんにそそいだという話があるが、花前はそれにすべき感がある。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それはあまりに苛酷の仕置きであるという批難もあったが、秦棣の兄は宰相さいしょうであるので、誰も表向きに咎める者はなかった。但し秦棣はその明くる年に突然病死した。
文政ぶんせい四年の師走しわすである。加賀かが宰相さいしょう治修はるなが家来けらい知行ちぎょう六百こく馬廻うままわやくを勤める細井三右衛門ほそいさんえもんと云うさむらいは相役衣笠太兵衛きぬがさたへえの次男数馬かずまと云う若者を打ちはたした。それも果し合いをしたのではない。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
およそ法螺ほらとはえんの遠い孔子がすこぶるうやうやしい調子でましてこうした壮語をろうしたので、定公はますます驚いた。彼は直ちに孔子を司空に挙げ、続いて大司寇だいしこうに進めて宰相さいしょうの事をもらせた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
城主大物主の部屋の中で、宰相さいしょう山津主と大物主とは打ちくつろいでいた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕もまた幾ぶんかそう思うけれども、二十歳の者なら二十歳の一人前並みであるか、丁稚奉公でっちぼうこうの職にあるものならば丁稚でっちの一人前のことをなしたか、一国の宰相さいしょうなら宰相として一人前の仕事をしたか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「されば、はしなくここに宰相さいしょうの将軍をお迎えしたてまつるもまことに不思議。ここを根じろに、一定いちじょう、弔合戦の覚悟にござりまする」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにしても、宰相さいしょう殿から、何ともいってこないのは変だ、と思っていた矢先、宰相からも使いの者がとんできた。
中将ちゅうじょうたいそうおおこりになって、宰相さいしょうをきびしくおしかりになりました。けれどもそんなことで、宰相さいしょうはちかつぎを見捨みすてるはずはありませんでした。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
駐蔵大臣の次にはチベットの高等僧官及び俗人の高等官で、一番しまいに出て来るのがその時の宰相さいしょうであります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
幾分か優柔という批難こそあれ、忠通は当代の殿上人てんじょうびとのうちでも気品の高い、心ばえの清らかな、まことに天下の宰相さいしょうとして恥ずかしからぬ人物であった。彼は色を好まなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「失意のときこそ、総大将の人間のまことがわかる。この敗軍で、つくづく、足利の宰相さいしょうの御器量が一そう大きく眺められた、と」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宰相さいしょうたいそうなさぶかい人でしたから、はちかつぎがかわいそうな姿すがたで、いちばんつらいふろばんのしごとをしているのをて、いつもどくおもっていました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その他さまざまの怨霊慰撫が行われたが、このことを聞いて、門脇かどわき宰相さいしょうは早速重盛を訪ねた。
こういう事になるについてあずかって力あるのは宰相さいしょうの長官シャーターである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
およそ今のでたらめ天下では朝廷の宰相さいしょうや大臣どもの名は知らぬ奴がいても、山東の及時雨きゅうじう、宋公明の名前を知らぬ人間はありゃしねえ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、それに輪をかけたお変りように、宰相さいしょうノ清忠は、きもをすくめた。——が、勅のお使いである。あくまでつつしんで。
飛報が都へはいったのは月のすえで、まずその詳細を第一に知ったのは、宰相さいしょう官邸で早打の使者を引見いんけんした大臣蔡京さいけいであったこと、いうまでもない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさに、あれやこれの、最中さなかなのである。ご焦慮しょうりょもいちばいだった。ついに、右大弁うだいべん宰相さいしょう清忠を召されて
博多の鎮西屋敷をひき払った大友近江守(具簡ぐかん入道)どの、島津道鑑どうかんどののお手勢などは、そこでみな、宰相さいしょう以下の御軍馬を、首を長うしてお待ちしておられるはず。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妙恵と彼との作戦は、まず足利の宰相さいしょう(尊氏)を太宰府にむかえ、九州一円へげきをとばし、肥後の菊池党とは、その後において堂々の一戦を展開しようとするにあった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「朝まだき、暗いうちに、足利の宰相さいしょう(参議)をはじめ、六波羅じゅうのせいは、東へ立った」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやなに宰相さいしょう。即答はごむりであろ。何かと周囲むずかしい御多端も拝察に難くない」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おびただしい重宝珍器の手土産が、きょう武相ぶしょう越吉元帥えつきつげんすいと、宰相さいしょう雅丹がたんなどに贈られた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
列を離れて出た宰相さいしょう趙哲ちょうてつ、参議の文彦博ぶんげんぱくのふたりが、帝座に伏して奏上した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新帝(光厳天皇)の宮居みやいもあやうくみえたほどなので、後堀川ごほりかわの大納言、三条の源大納言、鷲ノ尾中納言、坊城の宰相さいしょうら、おびただしい月卿雲客げっけいうんかくのあわてふためきが、主上をみくるまにお乗せして
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坊城ぼうじょう宰相さいしょうが、おどろきを面にみせた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中御門なかみかど宰相さいしょう宣明のぶあき
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宰相さいしょうノ中将義詮
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)