くず)” の例文
旧字:
所々に出水でみずの土手くずれや化けそうな柳の木、その闇の空に燈明とうみょう一点、堂島開地どうじまかいちやぐらが、せめてこの世らしい一ツのまたたきであった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五条橋の袂を、西東から行き交う人々の顔が、みんな汗にうじゃじゃけて、赤く火照ほてって、飴細工の如く溶けてくずれ出しそうに見えた。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いよいよ不思議に思って、戸をくずしてはいってみると、家内にはたくさんの死体が重なっていて、大抵はもう骸骨になりかかっていました。
まあ、なんと言ったらいいだろう、そうだ、自分の身体からだがなんのこともなくついばらばらにくずれてゆくような気持であった。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
物好半分の連中、早速行ってみると、驚くべし、人の住み捨てた家がくずれて雨に柱が朽ちかかっているのを見出した。
この古めかしい空気は、激しく変り行く「時」の潮流の中で、何時まで突きくずされずに続くものだろうか。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
葉子は頭の中に天地のくずれ落ちるような音を聞きながら、そのまま縁に出て庭下駄げたをはこうとあせったけれどもどうしてもはけないので、はだしのまま庭に出た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
尚お視廻みまわすと、壁は元来何色だったか分らんが、今の所では濁黒どすぐろい変な色で、一ヵ所くずれを取繕とりつくろったあとが目立って黄ろいたまを描いて、人魂ひとだまのように尾を曳いている。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お島は気持わるくくずれた髪を、束髪に結直して、長火鉢の傍へ来て坐ってみたりしていたが、頭脳あたまがぴんぴん痛みだして来たので、鶴さんが二階へ上って来る時分には
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
壁がくずれたり、材木が流れたりしますんですが、幸いまだ家が流れる程じゃあないので、ちょうど石滝の方は橋が出たという噂ですから、どうにか路は歩行あるかれましょう。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「接吻だけはせというが、こうしずにはいられない」と状貌魁偉かいいと形容しそうな相好そうごうくずして、あごの下に猫をかかえ込んでは小娘のように嬉しがって舐めたりさすったりした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつくずれるか分らないおそれがあるのだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放ってある。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その誰かは、寝衣ねまきのまま紅いショオルにくるまって、くずれた足台の上に坐っていました。
世間の衆生いずこより生れ来り、死後いずこへ往くか判らぬ、一切世界衆生の業力ごうりきりて成り、成ってはくずれ、壊れては成り、始終相続いて断絶せぬ、それから竜が雨を降らすに
しかし、ただの童心というものは、文字どおり童心一枚だけのものであって、狡智にむかい、悪辣に懸かったときには、ひと堪まりもなくくずれてしまいます。欺され陥れられるばかりであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
岳からくずれ落ちた岩石には、ちょろちょろと陽炎かげろうが立っている、天幕のうしろの雪は、結晶形に見るようなつやもなく、白紙のように、ざらついて、気味の悪いほど乾いている、足許の黄花石楠花が
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
物を朽ちくずれしむるつちの膝を
泰山それくずれんか
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そこから孤独も生れた。退屈も生れた。女というものの考え方なぞも実にそこからくずれて来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家々の根太ねだよりも高いのであるから、破風はふの上で、切々きれぎれに、かわずが鳴くのも、欄干らんかんくずれた、板のはなればなれな、くいの抜けた三角形の橋の上にあしが茂って、虫がすだくのも
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
石の柱でも今は全くくずれてしまったほどだ、いわんや木で造った巨船においておやだ、好奇ものずきな学者先生いかに探しまわっても、いまさらそのような物の見つかる道理はあるまい。
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「男の子一人だけは、どうにかものにしなくちゃア。」と、叔父は、姉婿がくずれた家を支えかねて、金を拵えにと言って、田舎へ逃げ出してから、下宿の方へ来てその姉に話した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しばらくすると、宅助、少し居ざんまいをくずしてきて、白眼を赤く濁している。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半分くずれかかったのを、さもはたの人のせいででもあるかのごとく心を乱している小六の帰る姿を見送った宗助は、暗い玄関の敷居の上に立って、格子こうしの外に射す夕日をしばらくながめていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
根方ねがたところの土がくずれて大鰻おおうなぎねたような根が幾筋ともなくあらわれた、その根から一筋の水がさっと落ちて、地の上へ流れるのが、取って進もうとする道の真中に流出ながれだしてあたりは一面。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土俵がくずれたような、相撲の総立ちに、茶屋の表ものぼりを黒くした群衆でしょう。雪は降りかかって来ませんが、お七がやぐらからさかさまに落ちたも同然、恐らく本郷はじまって以来、前代未聞の珍事です。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)