つぶ)” の例文
音はしずかにしずかにつぶやくようにふるえています。けれどもいったいどっちの方か、わたくしは呆れてつっ立ってしまいました。
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
弁之助はその夜、自分の寝所へはいって燈を消すと、闇の空間をみつめながら、つぶやくような声で「お母さま」と、呼んでみた。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はじめのうちは、往来のあとさきを見廻して、だれもいないのを見とどけてから、こんにゃはァ、と小さい声で、そッとつぶやいたものだった。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
つぶやいたまま、うっとりとして、三叉の銀波、つくだあしの洲などに眼を取られて、すぐ桟橋へ上がろうともしなさらない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つぶやいた。銃弾たまに当った時計の針が一時半で止まっていたらしい。刑事がそうして死体を調べている間に、警部はボーイを招いて訊問を初めていた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つぶやいた。彼の周囲のものも、僅少きんしょう家禄かろく放還金をみんな老爺さんの硫黄熱のために失われてしまっているのだということを、あたしたちも段々にさとった。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は腹の中でこうつぶやいた。断然面会を謝絶する勇気をたない彼は、下女を見たなり少時しばらく黙っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だめだ! まだあの高慢狂気きちがいなおらない。梅子さんこそつらの皮だ、フン人を馬鹿にしておる」と薄暗い田甫道たんぼみち辿たどりながらつぶやいたが胸の中は余りおだやかでなかった。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
呉羽之介は今更ながら、自分の美貌に気がついて、吐息と一緒に心の奥でつぶやいたのであります。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
霧がぴちゃぴちゃつぶやきながら、そそいで来ると、何とも言われない陰欝メランコリイな暗い影が、頭蓋骨の中にまでさして来る、かとおもうと、霧が散って冴えた空が、ひろがるときは
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
独言ひとりごとのようにつぶやきつつ、キョロキョロと左右を見廻わさずにはおられなくなった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
村でも「佛樣」と仇名せらるる好人物の小使——忠太と名を呼べば、雨の日も風の日も、『アイ』と返事をする——が、厚い脣に何かブツ/\つぶやき乍ら、職員室に這入つて來た。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうでなかった日にや、おれもハイネのようにこうつぶやきながらなげいてばかりいなきゃなるまい。——おまえの眼の菫はいつも綺麗にくけれど、ああ、おまえの心ばかりはれ果てた……
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ああ、もう行ッてしまッた」と、つぶやくように言ッた吉里の声は顫えた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
それでは私たちはそのために父につぶやく感情を抱いているか? 否。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
僕はこういう種類のことを次々と胸の中でつぶやく。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
卯平うへいたゞひとりでつぶやくやうにぶすりといつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
母は飯を食べなかった事を何度もつぶやいた。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
こうつぶやき出すものなどもあった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
つぶやける「夢」のくちばみ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「こういう推定は危険なんですが」と、やがて医者はひじょうな努力を要するもののように、重苦しいつぶやき声で云った
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「ね、あたしどんなとこへ行くのかしら。」一人のいてふの女の子が空を見あげてつぶやくやうに云ひました。
いてふの実 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
洗面器のことでつぶやいていた年増としまの女中は杉戸の外にしゃがんでいたが、秋田さんが気附いたように
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「なるほどこいつは益々ますます解りにくいぞ」と松木はつぶやいて岡本の顔を穴のあくほど凝視みつめている。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
と、つぶやきながら、大七は、あかい横笛を持って、城下の辻で、ひゃらひゃらと吹き初めた。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この時露月はようやく最後の一刷毛はけを入れてわれながら、満足したように画面を眺めましたが、やがて疲れ切ったように絵筆をぽんとほうり出して、うめくようにつぶやきました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それを見ると田村氏と刑事部長は顔を見合せて感嘆した様に「似ている」とつぶやいた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼女は健三に聞えよがしにつぶやいた。健三は死んじまえといいたくなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女中奉公しても月に賄附で四圓貰へるから、お定さんも一二年行つて見ないかと言つたが、お定は唯俯いて微笑ほゝゑんだのみであつた。どうして私などが東京へ行かれよう、と胸の中でつぶやいたのである。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
えいくそっ、権衛殿はこうつぶやかれた、こいつは代官より欲が深そうだ、残念だが十両ふんぱつしなければならんだろう
(たうとうらうにおれははひつた。それでもやつぱり、お日さまは外で照つてゐる。)山男はひとりでこんなことをつぶやいて無理にかなしいのをごまかさうとしました。
山男の四月 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
鉄ぶちの眼鏡をかけたその若い牧師さんが、小さな本を開いて、なんだかブツブツ言うと、みんな頭を垂れていて、しまいにアーメンとつぶやいて額と胸とに三度十字をきる。
「何のことだか解らない!」と綿貫はつぶやくように言った。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「たしかにそのほかに方法はない」眉をしかめながら、半三郎はこうつぶやいた。「それで破綻はたんが避けられるなら、それだけの努力を払う値打ちはある」
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(とうとうろうにおれははいった。それでもやっぱり、お日さまは外で照っている。)山男はひとりでこんなことをつぶやいて無理にかなしいのをごまかそうとしました。
山男の四月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
つぶやきくらしていた。ある夜、石井氏と一緒に綾之助のかかる席へゆくと、綾之助は石井氏を木戸口に待ち迎えていて、氏の好みを聞いてその夜の語りものを改ためたりした。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
信三はそうつぶやいた。なんどもそう思ったのだが、待っている昌子の姿を思いだすとどうにも帰れなかったのだ
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おれはあした戦死するのだ。」大尉はつぶやきながら、許嫁いひなづけのゐる杜の方にあたまを曲げました。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
あの寝ざめの、麗音をなつかしみながら私はつぶやいた。町中に生れ育った私は、かごに飼われない小禽が、障子のそとへ親しんで来てきかせてくれる唄声うたごえを、どれほどよろこんでいたかしれない。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
歯がみをしてからつぶやいた、「人にさんざん気をもませておいて、ゆうべは木偶でくを抱かせるし、今日はまたあんな、——ああくやしい、どうしてやろう」
「おれはあした戦死するのだ。」大尉はつぶやきながら、許嫁いいなずけのいる杜の方にあたまを曲げました。
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それでも不安心なところもあったかして、その隣地の背面の空地あきちを買っておこうとつぶやいていた。けれど誰れがそのおり須磨子の心のどん底に、死ぬことを考えてもいたと思いつく道理はなかった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それが本当の大三郎さまなのだ、あきつはそっと心のなかでつぶやいた。お母上もあの子は思い遣りの深い、細かいところへよく気がつく性質だと仰しゃった。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「もうわらのオムレツが出来あがったころだな。」とつぶやいてテーブルの上にあったかわのカバンに白墨のかけらや講義の原稿げんこうやらを、みんな一緒いっしょに投げ込んで、小脇こわきにかかえ
と、つぶやきながら、もいちど、せいぜい小猫らしくやって見た。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
つぶやいた。彼の足許あしもとへ身を寄せるようにして、色紙で貼交はりまぜの手筐てばこのような物を作っていたさえは
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ところが獅子ししは白熊のあとをじっと見送ってつぶやきました。
月夜のけだもの (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
誰いうとなくつぶやきかわすと
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「間に合うかしら、間に合うかしら」とつぶやきながら、こんどこそ狂人そのままの勢いで、——三人の悪漢は「へえお疲れさま」と、番所へ声をかけながら右へ曲がる
なつかしさうにつぶやいた。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)