伶人れいじん)” の例文
神楽殿の伶人れいじんたちを呼びにやったり、巫女を集めて来たり、そして自分たちも、しきりに演技の扮装を凝らしている様子であった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三寸の緑から鳴きはじめた麦の伶人れいじんの雲雀は、麦がれるぞ、起きろ、急げと朝未明あさまだきからさえずる。折も折とて徴兵ちょうへいの検査。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伶人れいじんの着けた小忌衣おみごろも竹の模様と松の緑が混じり、挿頭かざしの造花は秋の草花といっしょになったように見えるが、「もとめこ」の曲が終わりに近づいた時に
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
左に高くそばだちたるは、いはゆるロットマンが岡にて、「湖上第一勝」と題したる石碑せきひの建てる処なり。右に伶人れいじんレオニが開きぬといふ、水にのぞめる酒店さかみせあり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
聖徳太子が四十三歳の時に信貴山しぎさん洞簫どうしょうを吹いていたら、山神が感に堪えなくなって出現して舞うた、その姿によってこの舞を作って伶人れいじんに舞わしめたとある。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
烏帽子えぼし直垂ひたたれ伶人れいじん綾錦あやにしき水干すいかんに下げ髪の童子、紫衣しいの法主が練り出し、万歳楽まんざいらく延喜えんぎ楽を奏するとかいうことは、昔の風俗を保存するとしてはよろしいかもしれぬが
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
伶人れいじんの奏楽一順して、ヒュウとしょうの虚空に響く時、柳の葉にちらちらとはかまがかかった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勿論その尊敬は、悲壮と云うような観念から惹き起される一種の尊敬心で、例えば頽廃たいはいした古廟に白髪の伶人れいじんが端坐してふえの秘曲を奏している、それとこれと同じような感があった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
自分はその一隅ひとすみにただ一人の知った顔を見出した。それは伶人れいじんの姓をもった眼の大きい男であった。ある協会の主要な一員として、舞台の上でたくみにその大きな眼を利用する男であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「俺は伶人れいじんで笛を吹く。俺は歌人で和歌を作る。そうして俺は絵も描く」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伽藍すぎ宮をとほりて鹿しか吹きぬ伶人れいじんめきし奈良の秋かぜ
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
秋の路立楽たちがくすなる伶人れいじんの百歩にあると朝かぜを聴く
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
阿部麻鳥あべのあさとり(もと朝廷の伶人れいじん)崇徳天皇に愛され、天皇退位の後も、御所の柳ノ水の水守を勤め、讃岐さぬきの配所までお慕いして、今は都の陋屋ろうおくに住んでいる若人わこうど
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ろしの最初の日は御所の雅楽寮の伶人れいじんを呼んで、船楽を奏させた。親王がた高官たちの多くが参会された。このごろ中宮は御所から帰っておいでになった。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
えかえる初春の空に白光しろびかりする羽たゝきして雲雀が鳴いて居る。春の驩喜よろこびは聞く人の心にいて来る。雲雀は麦の伶人れいじんである。雲雀の歌から武蔵野の春は立つのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
伶人れいじんの奏楽一順して、ヒユウとしょう虚空こくうに響く時、柳の葉にちら/\と緋のはかまがかゝつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その時、楽部がくぶ伶人れいじんたちは、一斉に音楽を奏し、天には雲をひらき、地には漳河しょうがの水も答えるかと思われた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
盛り上りり下ぐる岩蔭の波のしたに咲く海アネモネの褪紅たいこう緋天鵞絨ひびろうどを欺く緋薔薇ひばら緋芥子ひげしの緋紅、北風吹きまくる霜枯の野の狐色きつねいろ、春の伶人れいじんの鶯が着る鶯茶、平和な家庭の鳥に属する鳩羽鼠はとはねずみ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夜になってしまったことを源氏は残念に思って、前の庭にかがりをとぼさせ、階段の下のこけの上へ音楽者を近く招いて、堂上の親王がた、高官たちと堂下の伶人れいじんとで大合奏が行なわれるのであった。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
伶人れいじんたち奏楽のもとに、大々的に、勝敗の差別を明らかにする儀式であり、敗者から勝者への、負け物贈りのことが終わると、あとは、勝ち方の凱歌がいかによって、一同
鳥には桜の色の細長、蝶へは山吹襲やまぶきがさねをお出しになったのである。偶然ではあったがかねて用意もされていたほど適当な賜物たまものであった。伶人れいじんへの物は白の一襲ひとかさね、あるいは巻き絹などと差があった。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かんさびたすぎこだちの御山みやまの、黒髪くろかみを分けたように見えるたかい石段いしだんのうえから、衣冠いかん神官しんかん緑衣りょくい伶人れいじん、それにつづいてあまたの御岳行人みたけぎょうにん白衣びゃくえをそろえて粛々しゅくしゅく広前ひろまえりてくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太政大臣が命じてそれを大御肴おおみさかなに調べさせた。親王がた、高官たちの饗膳きょうぜんにも、常の様式を変えた珍しい料理が供えられたのである。人々は陶然と酔って夕べに近いころ、伶人れいじんが召し出された。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほかに、たくさんな幄舎あくしゃがあり、幕囲まくがこいが見え、そこには、右馬寮、左馬寮の職員やら、雅楽部ががくぶ伶人れいじんやら、また、落馬事故や、急病人のために、典医寮てんいりょう薬師くすしたちまで、出張していた。
南苑なんえんたちばなには、春のよごれを降りながした雨あがりの陽が強く照りかえしていた。伶人れいじんたちが、院の楽寮がくりょうで、器楽をしらべているし、舎人とねりたちは、厩舎うまやの前にかたまって、白馬に水を飼っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
所は、法成寺址ほうじょうじあとのさる伶人れいじん雅楽寮うたりょうの楽師)の家だった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)