世馴よな)” の例文
この時分は手持無沙汰てもちぶさたでさえあればにやにやして済ましたもんだ。そこへ行くと安さんは自分よりはる世馴よなれている。このていを見て
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
言わずともわが身——世馴よなれぬ無垢むく乙女おとめなればこうもなろうかと、彼女自身がそうもなりかねぬ心のうちを書いて見たものと見ることが出来よう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかし世馴よなれた優善は鉄を子供あつかいにして、ことばをやさしくしてなだめていたので、二人の間には何の衝突も起らずにいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
で由三は、餘りに綾さんの世馴よなれた所置振り、何んとも謂はれぬ一種の不快を感じた。其でもかく話がきまツて、由三の一家はすぐに其の家へ引越した。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「はい取って下さいまし、」とやっといったが、世馴よなれず、両親ふたおやには甘やかされたり、大恩人に対し遠慮の無さ。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほかの男はお前さんとはちがって世馴よなれているから、わたしの財産に目をつけないとも限らない。それゆえ家へは入れずに、距離へだてを置いて、外でっているのだ。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何かへ、一になっている若い心に、無理な、逆らい立てをしてもよくあるまいと、世馴よなれたお吉は程よく足止めをしておいて、今日はそれとなく川長へ行った。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのミルヤニヤがしばしばこの世をおとずれ、世馴よなれ神とまでめたたえられていたのであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしもう年取っているし世馴よなれているので、それを少しも気にしなかった。その民族的傲慢ごうまん心は人の気を害するものではあったが、彼は別に心を痛められはしなかった。
世馴よなれた態度で、無造作に通路に遊んでいた椅子を二つ、逸作等のテーブルに引き寄せた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
きまりを悪がらせない世馴よなれた態度が取れるものだと源氏は思った。だれにも言わずに、惟光はほとんど手ずからといってもよいほどにして、主人の結婚の三日の夜の餠の調製を家でした。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御意に入りましたら蔭膳かげぜん信濃しなのけて人知らぬ寒さを知られし都の御方おかた御土産おみやげにと心憎き愛嬌あいきょう言葉商買しょうばいつやとてなまめかしく売物にを添ゆる口のきゝぶりに利発あらわれ、世馴よなれて渋らず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
本当に、心をも身をも捨てゝかゝる、真剣な異性の愛に飢えているのかも知れない。世馴よなれた色男風ダンディふうの男性に、あきたらない彼女は、自分のような初心うぶ生真面目きまじめな男性を求めていたのかも知れない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
世馴よなれたわたしでさへ取り附く島がなかつた。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
世馴よなれざる野がくれわらべ
おもひで (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
世馴よなれた人間だと、すぐに、「おお。」と声を掛けるほど、よく似ている。がその似ているのを驚いたのでもなければ、思い掛けず出会ったのを驚いたのでもない。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お粂よりは、二つも年上であるが、気質きだてもずっと明るく、世馴よなれてもいた。すらりと細腰の美人で
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなたが、白井道也とおっしゃるんで」とおおいなる好奇心をもって聞いた。聞かんでも名刺を見ればわかるはずだ。それをかように聞くのは世馴よなれぬ文学士だからである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
クリストフの世馴よなれないことをことに目だたせるような慇懃いんぎんさで、自分の身を護っていた。
騒ぎたたせようとするいとがあるふうにも感じられる子供っぽい理窟りくつ世馴よなれない腕白わんぱくさがあるのとは反対に、伝右衛門氏の方で、正式に離縁というのは、どことなく、どっしりして
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この亀沢町の家の隣には、吉野よしのという象牙ぞうげ職の老夫婦が住んでいた。主人あるじは町内のわか衆頭しゅがしらで、世馴よなれた、侠気きょうきのある人であったから、女房と共に勝久の身の上を引き受けて世話をした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
世馴よなれた人の如才じょさいない挨拶あいさつとしか長吉には聞取れなかった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それだけにまた娘の、世馴よなれて、人見知りをしない様子は、以下の挙動ふるまい追々おいおいに知れようと思う。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれど、答えるときになると、いつも矢張やはりしどろになった。室殿はそれをまた、世馴よなれない、奉公馴れない、彼女の良さとでも見ているように、ときにはわざと、からかったりするのであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世馴よなれた人の如才じよさいない挨拶あいさつとしか長吉ちやうきちには聞取きゝとれなかつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
年紀としはお京より三つ四つ姉さんだし、勤務が勤務だし、世馴よなれて身の動作こなしも柔かく、内輪のうちにもおのずから世の中つい通り——ここは大衆としようか——大衆向のつやを含んで
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)