せめ)” の例文
見るとさいわい小家の主人は、まだ眠らずにいると見えて、ほのかな一盞いっさん燈火ともしびの光が、戸口に下げたすだれの隙から、軒先の月明とせめいでいた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
されば他国かのくにひじりの教も、ここの国土くにつちにふさはしからぬことすくなからず。かつ八三にもいはざるや。八四兄弟うちせめぐともよそあなどりふせげよと。
なんでも片方が「本家」で片方が「元祖」だとか言って長い年月をせめぎ合った歴史もあったという話を聞いたことがある。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
矛盾と矛盾が複雑にせめぎ合つてゐた。それを整理することは困難であつた。何から手を著けていゝか判らなかつた。
芭蕉と歯朶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
我が先へそなたは後にと兄弟争ひせめいだ末、兄は兄だけ力強く弟を終に投げ伏せて我意の勝を得たに誇り高ぶり、急ぎ其橋を渡りかけ半途なかばに漸く到りし時
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
下の方から見る見るうちにいて来て、それが互にせめってはどちらとへともつかず動かされながら、そこいら一面を物凄いほど立ちこめ出していた。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
が、その顔にはお吉に対する、愛慕の心とそれに抗する、義理心とがせめぎ合い、苦悶となって表われていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かつまた、文脩まれば武備もしたがって起り、仏人、かきせめげども外そのあなどりふせぎ、一夫も報国の大義を誤るなきは、けだしその大本たいほん、脩徳開知独立の文教にあり。
その時分、私の胸には失望と愛慕と、互に矛盾した二つのものがかわる交るせめぎ合っていました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私は私の内部に絶えずせめぎ合い、いがみ合い、相反対し、相矛盾する多くの心を見出みいだすのである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
この世界にあっては時間と空間という着物を着て万物は千差万別、個体としてせめぎ合ってる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その理由如何、曰く、「兄弟かきせめぐも外そのあなどりを防ぐ、大敵外にあり、に国内相攻るの時ならんや」。これ明かに彼が一個の国民的論者たることを自白するものにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
是非の心偏すれば、民或は兄弟かきせめぎ父子相うつたふ者有り。凡そ情の偏するや、四たんと雖遂に不善ふぜんおちいる。故に學んで以て中和をいたし、過不及かふきふ無きにす、之を復性ふくせいの學と謂ふ。
小猿雪山に登りて大薬王樹という樹の枝を伐って、帰り来りて酔い臥したる猿どもをずるに、たちまちえいめ心たけくなって竜を責む。竜王光を放ってせめぎけるを大王矢を射出す。
長崎へ行って新しい文化に目が開くと、更に日本の現状があきたらなくなってくる。世界の大勢を知らずに同胞かきせめいでいる京阪の中心地に於ける闘争が、どうしても黙って見ておれない。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
財産を分ち兄弟かきせめぐようになっては、たちまちにして家号というものが明白に樹立して、二条殿と九条殿と一条殿と近衛殿とは、別の家のような気がしてしまったのであります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかも、骨肉互いにせめぎ合っている空気はいたずらに私を息づまらせるばかりであった。
相反する条件が社会全般にわたって渦巻きせめいでいた時代である。
兄弟かきせめぎ、相殺し
あしの向うには一面に、高い松の木が茂っていた。この松の枝が、むらむらと、互にせめぎ合った上には、夏霞なつがすみに煙っている、陰鬱な山々のいただきがあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
我が先へ汝は後にと兄弟争いせめいだ末、兄は兄だけ力強くおととをついに投げ伏せて我意がいの勝を得たに誇り高ぶり、急ぎその橋を渡りかけ半途なかばにようやくいたりし時
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
或は言を大にしてかきせめぐの禍は外交の策にあらずなど、百方周旋しゅうせんするのみならず、時としては身をあやううすることあるもこれをはばからずして和議わぎき、ついに江戸解城と
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
共に人心を導くに足りぬ! 因果経よ、涅槃ねはん経よ、仏教こそは讃美ほむべきかな。……恥ずべきは人の世だ。戦国の世の浅ましさ、一夫多妻、叔姪相婚、父子兄弟相せめぎ、骨肉互いについばもうとしている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
利己的である一方、自分の息のかかったものをどろまみれさせたくないという気持もあった。それはせめぎ合うほど極端なものでもなかった。いずれも人間にありがちな感情だと言うよりほかなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
眼にみえぬ怒濤どとうとなってあいせめいでいる。
日本婦道記:忍緒 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その高慢と欲とのせめぎあうのに苦しめられた彼は、今に見ろ、おれが鼻を明かしてやるから——と云う気で、何気ないていを装いながら、油断なく、斉広の煙管へ眼をつけていた。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
または兄弟けいていかきせめぐのその間に、商売の権威に圧しられて国を失うたるものなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかもこの事業を成し得て、国中の兄弟けいていせめぐにあらず、その智恵の鋒を争うの相手は外国人なり、この智戦に利あればすなわちわが国の地位を高くすべし。これに敗すればわが地位を落とすべし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)