けん)” の例文
旧字:
ふり向くと一緒に、けんのある女の目が、ぐっと三人をにらみつけた。——咄嗟に、小次郎が、バッタのように手をすり合わせて言った。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
しばらくかがみ込んでいるうちに、毒気のさめた孫兵衛の顔——白く青味の蔭をもって、常の悪相に加えて、ひときわ鋭いけんが立った。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然らざればすなわけんたのみてこうを争い、然らざれば則ち衆を擁して入朝し、はなはだしければ則ちかんりて而してたんに、之を防ぐも及ぶ無からん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
目のまわりも黒いかさをとっている。しかし大体だいたいの目鼻だちは美しいと言っても差支えない。いや、端正に過ぎる結果、むしろけんのあるくらいである。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どうやら旦那のおさがりらしく、いいかげん著古きふるされた、だぶだぶのフロックを著こんだ、おそろしく鼻と唇の大きい、見たところ少しけんのある男だ。
民友子さきつ頃「俗間の歌謡」と題する一文を作りて、平民社界に行はるゝ音楽の調子の低くしてけんなるを説きぬ。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
水あぶらのばちさきが、ぱらっと散って、蒼味の走った面長な顔、職人にしてはけんのある、切れ長な眼——人もなげな微笑をふくんだ、いおとこである。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「世の中は近々平和になるよ。だが今後とも小ぜりあいはあろう。幕臣たる者は油断してはならない。八郎、お前、久能山くのうざんへ行け! 函嶺かんれいけんやくしてくれ!」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
美しい人で、我々の仲間の歌留多会かるたかいなんかでは、いつでも第一の人気者、というよりはクィーンですね、美人な代りにはどことなくけんがあり、こう近寄りがたい感じの女でした。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けだし、かれ白人は滅種計画を励行し、彼らの大帝国主義の志は、全世界を統御して後まんとす。その心のじゃにして、その計りのけんなることかくのごとし。われ黄種は危機に頻す。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そして頬の肉附のちょっとしたけんに、時折、ヒステリックなものがちらと浮んで、その度にバッファーの手先が急になるだけで、それもまたすぐゆるやかになり、その彼女全体が
ぎょろりと目をき、けんつら
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、中には、太刀をつかみ寄せて、眉にけんを示す者もあったが、弥太郎は箇々の顔を箇々には見ずに、全体へ向って、極めておっとりと説いた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上りくちにしゃがんで、膝に頬杖をつきながら、切れの長い眼にけんを持たせて、ジーッ! 三次を見つめた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すると次のから声をかけたのはやはりとこについている雪さんである。しかもそれはNさんには勿論もちろん、女隠居にも意外だったらしい、妙にけんのある言葉だった。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
盛庸等、大同だいどうの守将房昭ぼうしょうげきし、兵を引いて紫荊関しけいかんに入り、保定ほていの諸県を略し、兵を易州えきしゅう西水寨せいすいさいとどめ、けんりて持久の計をし、北平をうかがわしめんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
長く立っているか腰掛けているかしたら足に水気すいきがきて脹れそうな、そういう締りのたりないところがあり、そのくせ頬の肉附にちょっとけんがあり、その代り眉に柔かな円みがあって眼が細かった。
その時、天堂一角は、うでぐみをしたまま、峠の七曲りを見下ろしていたが、何を見出したものか、眉にけんを立てて、にわかにただならぬ色をあらわした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつにないけんのある眼と声があった。武蔵は、ぼんやりしていたが、この小娘は、母の気持に何よりも敏感である。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桐箱とひとしくキチンとすわって、鬱金うこんのきれで鼈甲脚べっこうあしをふいていた新助しんすけは、のれんのすそから見える往来へ、色の小白いよい男にしては、ちょッとけんのある目を送って
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへはいって来ると、藤吉郎は、ひとりで好きなことを喋舌しゃべり出した。彼の顔には、どこをさがしても、ここにいる主従のようなけんもないし、また屈託くったくらしいものさえなかった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「西涼は、国遠く、地はけんに、中央から隔てられている。その王化の届かぬ暴軍が、いちどに集まって来てくれれば、これは労せず招かず猟場に出てくれた鹿やししと同じではないか」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふりかえってみれば、剣山のけん、岡崎の船関、鳴門の渦潮うずしお——、よくも、ここまで戻ってこられたものと、いまさら、自身さえ不思議な心地がして、お綱はそこの中二階にいるのであった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頼朝の眼は、そう知りぬいておりながら、ややけんをふくんで、邪慳じゃけんに云った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何のけんも針もないひとみも、ひとたび彼の生む芸術へかかった時の光はこうではあるまいと思われた。みぎわにさざ波一つない日の湖と山雨をはらんだ時の湖とぐらいな相違があるのではなかろうかと。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかなか感情をうごかさなかった四高弟の者も、遂に、眉にけんをたたえ
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いずれも山はけんで、強盗追剥おいはぎの屈強な雲窟うんくつだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)