遺物かたみ)” の例文
「世の中は計りがたい」と、ひどく無常を感じ、一門の親類をよんで、出立の前夜、家財宝物など、のこらず遺物かたみわけしてしまった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の書斎には、死んだ父の遺物かたみの一幅があります。それは紫野大徳寺の宙宝の書いた「松風十二時」という茶がけの一行ものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
と、相手の胸の上には、彼の母が遺物かたみに残した、あの琅玕ろうかん勾玉まがたまが、曇りない月の光に濡れて、水々しく輝いていたではないか。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
又親父がのこしてまいりました遺物かたみ同様の大事な品でございますから、是を取られては神仏かみほとけにも見離されたかと申して泣き倒れて居りまして
あゝとばかり我れ知らず身を振はして立上たちあがり、よろめく體を踏みしむる右手の支柱、曉の露まだ冷やかなる内府の御墳みはか、哀れ榮華十年の遺物かたみなりけり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
またオロフェルネの死せるとき、アッシーリアびとの敗れ走れるさまと殺されし者の遺物かたみを示せり 五八—六〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
お雪ちゃんは、このことを厳粛に考えながら針を運んでおりましたが、やがて自分の針を進めている縫物の品が、例のイヤなおばさんの遺物かたみであることを見ると
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暗い空、濁った海。雲は低く、浪は高い。かの「お台場」は、うかぶが如くによこたわっている。今更ではないが、これが江戸の遺物かたみかと思うと、私は何とはなしに悲しくなった。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
形勢非となったので憤然として母衣を脱して家来にわたし、わが子信豊に与えて遺物かたみとなし、兜のしのびの緒をきって三尺の大刀をうちふり、群がり来る越兵をきりすて薙たおし、鬼神の如く戦ったが
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うみたるも産後敢果なく成けるにぞ其親は娘の遺物かたみと生れし幼兒を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この一念の遺物かたみぬぐふに消えず、今に伝へて血天井と謂ふ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
過ぎし日の被衣かつぎ遺物かたみ、——靜やかに
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
兄弟分せいたかの遺物かたみもとどりふところに入れ、前もって、新九郎に言い渡されている言葉通り、夜に紛れて、江戸から高飛びしてしまった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重助「おゝ成程お前さんも笛を吹くからじきにお目が附きますな、これは今日の仏さまの遺物かたみでございまする」
が、やがて素戔嗚はくびに懸けた勾玉まがたまの中から、美しい琅玕ろうかんの玉を抜いて、無言のまま若者の手に渡した。それは彼が何よりも、大事にかけて持っている、歿くなった母の遺物かたみであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「近藤の奥さんのお遺物かたみよ。先刻さっき、お使が持って来たのよ。」
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
つくれる埴瓮はにべ遺物かたみ——それかあらぬ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「死者の頼みで、その遺物かたみを、郷里へ届けてやるにしても、路銀というものがる。当然、その費用は、この内からつかったとてかまうまい」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
重三郎さんが知ってたから私が引取って、白銀の高野寺へ葬って、遺物かたみの頭巾と一節切は預かってあります
関羽の愛馬は世にも名高い駿足赤兎せきとである。孫権は、馬忠にそれを与え、また潘璋にはこれも関羽の遺物かたみとなった青龍の偃月刀えんげつとうを与えた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とっさんの遺物かたみの守りを婆さんに取られ、旦那取だんなどりをすると云わなければおっかさんがなげくと云って、正直に二円返すから、あとの三円は貸して呉れろと、そう云われては貸さずにはられない
「おらは、物乞いじゃない。和尚さんに、遺物かたみ巾着きんちゃくを預けてあるんだもの。——あの中にゃあ、おかねもはいっているんだぞ」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取出して、書面と共に、権之助の前へさし出した物を見ると、それはいつか伊織から武蔵へ預けた——父の遺物かたみという古い巾着きんちゃくであった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これこそは、父の遺物かたみですから、自分の生命いのちの次の物ですが、これを献上します。ですから、茶だけは見のがして下さい」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「きょう船島まで、お供をしてゆく佐助にも、一筆遺物かたみに描いてつかわすと、仰っしゃっておいでになりましたから……」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あの、いつか、先生に預けといた、かわ巾着きんちゃく——お父っさんのお遺物かたみの——あれを先生はまだ持っていてくれますか」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「たった今、大殿には、御自害なされました。……こ、これまで、敵のあいだを斬りぬけて、お遺物かたみを持ち参りました」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜀朝、おくりなして、忠武侯という。廟中には後の世まで、一石琴せっきんを伝えていた。軍中つねに愛弾あいだんしていた故人の遺物かたみである。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まさか、そんなことはないでしょう。そうならばそうといって、何か遺物かたみでも持って来てくださるでしょうに」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やおれ。田楽狭間でんがくはざまは、はや間近ぞ。この沢こえて、彼方かなたの山陰の向うの尾根ぞ。死に支度はよいか。駈けおくれて、末代末孫に、恥を遺物かたみにのこすなよ」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この金吾が、お粂の色におぼれている武士であるかないかは、これを見て知るがいい。お粂の生首の代り、遺物かたみとして貴様にくれてやるから、取っておけ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
将門は、乳母の遺物かたみと思って可愛がっている。梨丸も、愛に感じて、生涯を托す主人として働いていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
首は函送かんそうして、これを、安土の信長に供え、遺物かたみ種々くさぐさは、安芸の吉川元春の許へ送り届けてやった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、越路の雪の解けるのを待って、裏方の遺物かたみをたずさえ、はるけくも、都を立ってきたのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お吉は、袖口を鼻に当て、怖ろしい、そして悲しむべき、お米の遺物かたみに、寝起きの肌を寒くさせた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして新緑の四月頃、もういけないと自覚すると、彼は恩顧になった人々や友人に遺物かたみ分けなどして、残る思いもなく、別離を告げている。その中には春山もあった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵の生活や四囲の事情など、いろいろな方面から推してみて、現存している引導石は、非常に意味のふかい、また武蔵最大の遺物かたみとして興味のあるものだと思った。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
往来の旅人に下頭げとうして得た生涯のかせぎ銭をつみ、その死する時に、この小仏に旅人の安息場となる共同小屋を建ててくれと遺言して死んだその遺物かたみだそうであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年時代から片時もはなさず持っていた父の遺物かたみの剣も、先に賊将の馬元義にられてしまった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これを、先生からお前にお返しになった。お前の父の遺物かたみだから、大事に持てと仰っしゃった」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「仁和寺の法橋ほっきょうや、南都の覚運僧都そうずなどへも、遺物かたみを贈ったというくらいだから嘘ではあるまい」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ありがとう存じまする。おゆるしを賜わるうえは、兄の遺命どおり、兄の遺物かたみを抱いて……」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それやあ、りがないが……。せめて、槍一筋の武士になればなあ。……この祖父さんの遺物かたみをさして歩けるようになってくれれば——わしは死んでも心残りがないのだ」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孫兵衛めに私のお祈りが要らなくなるまで、遺物かたみに与えたつむりのものをとることもなりませぬ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、笛吹きの名人だった長五郎の遺物かたみかも知れないと人は云ったが、ほんとは、子どものうちから笛が好きで、彼女の笛は、長五郎以上にもとから上手うまかったのであった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
関羽かんう遺物かたみの青龍刀を横ざまに抱え、鞍には、彼もまた、一首級をくくりつけていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆうべから同志の人々は国許へ手紙を書いたり、母や妻や知己へ遺物かたみを送り出したりするので忙しかった。それぞれ、借家にいる者は、道具屋を呼んで所帯をたたみ、家主へは
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「嘘をおいい。旅に出る前の物とはちがっている。お前の剣は、お父さんから遺物かたみにいただいた——ご先祖から伝わっている剣のはずです。それを、何処へやってしまったのです?」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやいや。亀ヶ谷には、亡父ちち義朝が在世の頃、しばし住んでいたと聞いておる。それ故に、住まばここと思うたまでよ……。何ぞ、その頃の遺物かたみらしき土台石でも残っていないか」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その数珠は、母の吉光きっこうまえ遺物かたみであり、白金襴の袈裟は、このまえ師の慈円僧正に対する堂上の疑惑をとくために参内した折に着けたもので、めずらしくも、正装しているのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)