違棚ちがいだな)” の例文
某は身をかわしてけ、刀は違棚ちがいだなの下なる刀掛に掛けありし故、飛びしざりて刀を取り抜き合せ、ただ一打に横田を討ち果たし候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今もその当時使った象牙ぞうげの玉の算盤を、離室の違棚ちがいだなに置いて、おりおりそれを取り出しては、必要もないのにぱちぱちとやり出す。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
床の前に座蒲団ざぶとんを直して、「あんまり御無沙汰ごぶさたをしていましたから」と、つぶやくようにいいながら、違棚ちがいだなにあった葉巻はまきの箱を下して前へ出しました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
丹前の胸を開いて、違棚ちがいだなの上から、例の異様な胴衣チョッキを取り下ろして、たいななめに腕を通した時、甲野さんは聞いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我ながら相応そぐはない事を云つて、火桶ひおけ此方こなたへ坐つた時、違棚ちがいだなの背皮の文字が、稲妻いなずまの如く沢のひとみた、ほかには何もない、机の上なるも其の中の一冊である。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
次ぎの間にも違棚ちがいだながあって、そこにも小さい軸がかかっていた。青蚊帳あおかやに微風がそよいで、今日も暑そうであったが、ここは山のいおりにでもいるような気分であった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
塗りにも蒔絵まきえにも格別特色は見られなかった。それでも、昨年静岡の家が焼けるまでは、客間の床脇とこわき違棚ちがいだなに飾ってあって、毎朝布巾ふきんで、みずからほこりぬぐっていた。
また、「いき」な部屋では、床の間と床脇の違棚ちがいだなとにも二元的対立を見せる必要がある。例えば床板には黒褐色のものを用い、違棚の下前したまえにはひしぎ竹の白黄色のものを敷く。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
するとその拍子に、以前の女は男の寝ている蒲団のすそを廻って、そのへや違棚ちがいだなの下の戸袋の内へ、スーと入ってしまった、男もこの時漸ようやく夢が醒めたように身体からだも軽くなったので
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
違棚ちがいだなの上の手箱を開けて、探すと金がない。斬るのはうまく行ったが、斬ったらあの手箱からと考えていたのが外れたから、彼処かしこ此処ここかと探すが、こうなると気がせく。薄気味も悪い。
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
其の道了さまのお丸薬に帝釈さまのお水が有りまする、此方こちら唐木からき違棚ちがいだなには、一切煎茶の器械が乗って居りまして、人が来ると茶盆が出る、古染附ふるそめつけの茶碗古薩摩こさつまの急須に銀瓶が出る
床脇とこわき違棚ちがいだなをとっぱらったのも、上段ノ間の床板を代えたのも、あのへんが、いちばんひどい家白蟻の巣だったから……だいぶと、お腹立ちのようですが、この家の寿命を繰りのばすに、これでも
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
真夜中頃に、枕頭まくらもと違棚ちがいだなえてある、四角の紫檀製したんせいわくまれた十八世紀の置時計が、チーンと銀椀ぎんわん象牙ぞうげはしで打つような音を立てて鳴った。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
某が刀は違棚ちがいだなの下なる刀掛に掛けあり、手近なる所には何物も無之故、折しも五月の事なれば、燕子花かきつばたを活けありたる唐金からかねの花瓶をつかみて受留め、飛びしざりて刀を取り、抜合せ
二人も不憫ふびんに思い、蔵前くらまえの座敷に有合ありあ違棚ちがいだな葡萄酒ぶどうしゅとコップを取出して、両人ふたりの前へ差出さしだせば、涙ながらにおいさが飲んで重二郎へしまするを見て、丈助はよろこび、にやりと笑いながら。
行灯あんどう蕪村ぶそんも、畳も、違棚ちがいだなも有って無いような、無くって有るように見えた。と云ってはちっとも現前げんぜんしない。ただ好加減いいかげんに坐っていたようである。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
違棚ちがいだなのあたりを見ると、先生は相変らず何やら盛んに話している。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
屏風びょうぶの陰に用い慣れた寄木よせきの小机を置く。高岡塗たかおかぬり蒔絵まきえ硯筥すずりばこは書物と共に違棚ちがいだなに移した。机の上には油をした瓦器かわらけを供えて、昼ながらの灯火ともしびを一本の灯心とうしんける。灯心は新らしい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しまいに違棚ちがいだなの上にある画帖がじょうらしい物を取りおろしてみようかと思ったが、その立派な表紙が、これは装飾だから手を触れちゃいけないとことわるように光るので、彼はついに手を出しかねた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
違棚ちがいだなせまい上に、偉大な頭陀袋ずだぶくろえて、締括しめくくりのないひもをだらだらとものうくも垂らしたかたわらに、錬歯粉ねりはみがき白楊子しろようじが御早うと挨拶あいさつしている。立て切った障子しょうじ硝子ガラスを通して白い雨の糸が細長く光る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)