ぬい)” の例文
その為に敢然正筆を使うと、——彼は横を向くが早いか、真紅に銀糸のぬいをした、美しい袖をひるがえして、見事に床の上へ手洟てばなをかんだ。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しばらく老婦人と話しているうちに岸本はその部屋の長い窓掛まで日本から渡来した古い金糸のぬいのある布で造ってあるのに気がついた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
袖口だけに刺繍ぬいのある裾短すそみじかなぬい洒落者しゃれものとみえて、黒紗くろしゃ卍頭巾まんじずきんには、紅紐べにひもッたまげが紅花みたいに透いてみえる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その身には大名の奥方の着るような打掛うちかけを着て、裾を長く引いておりました。その打掛は、縮緬ちりめんに桐に唐草からくさぬいのある見事なものでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家の者は鸚鵡がぬいのある履を銜えてきて、下に堕ちて死んだのを見て不思議に思っていると、孫がやがて生きかえって
阿宝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
問題の娘らしい若い女は老女にたすけられて、そのそばにはまたひとりの若い女が画燈をさげて附添っていたが、いずれもぬいの靴をはいているとみえて
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は金糸の撚糸よりいと垂房たれぶささわりながら、滝に鯉のぬいとりの中に、信太郎と浮き出している字を見つけました。
虫干し (新字新仮名) / 鷹野つぎ(著)
黒き箪笥のそばに、廊下よりるようになりおる入口あり。右手の壁の前には、窓に近き処に寝椅子あり。これに絨緞じゅうたんを掛く。その上にはまた金糸きんしぬいある派手なるきれひろげあり。
その気高い美しさは、彼女の頭上に咲き乱れている八重桜の、絢爛けんらんたる美しさをも奪っていた。目もむるような藤納戸色ふじなんどいろの着物の胸のあたりには、五色の色糸のかすみ模様のぬいが鮮かだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
仕事というのは、ぬいとりです。
ようか月の晩 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして相手が気のつかないように、そっとポケットへ手巾ハンカチをおさめた。それは彼が出征する時、馴染なじみの芸者に貰って来た、ふちぬいのある手巾ハンカチだった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白梅月夜にふさわしい銀作りの大小夜目ながらきらびやかに、一人は年頃三十前後の屈強な武士、一人は光綾ぬめの振袖に金糸のぬいも好ましい前髪立の若衆であった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僮子は出て往ったが、やがてぬいのあるふくろに入れた琵琶を持ってきた。しばらくして一人の侍女が入ってきたが、紅く化粧をした綺麗な女であった。公子はその女に
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると今度はその藤沢が、ふちぬいのある手巾ハンケチで紅茶を飲んだ口もとを拭いながら、また隣の独唱家ソロイストの方を向いて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
薄紗うすしゃ唐巾とうきんで髪をとどめ、ほう(上着)は白地きんらんに紫のぬい華文けもんたもと飛龍ひりゅうをえがかせ、鳳凰靴ほうおうか(くつ)を足にはいておられる。そして、相手方の備えを見て
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは朱の色の戸にぬいのある母衣ほろをかけたもので、数人の侍女がおとなしい馬に乗っていていた。
瞳人語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼女は今夜はぬいのあるもすそかまどの灰を包んでいた。彼女の兄も、——いや彼女の兄ではない。王命おうめいを奉じた金応瑞は高々たかだかそでをからげた手に、青竜刀せいりゅうとうを一ふりげていた。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
踏まえた宝鐙あぶみには、珠をちらし、着たるは紅紗こうさほうで、下に銀のくさりかたびらを重ね、ぬいの帯、そしてその繊手せんしゅは、馬上、右と左とに、抜き払った日月の双刀そうとうを持っているのであった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀英は傍の箱のなかから自分でぬいをした汗巾を出してきて、それに筆を染めた。
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと様は、紫の大振袖おおふりそでを召させ給うた、美しい若衆わかしゅ御姿おんすがたでござる。まったさんた・まりや姫は、金糸銀糸のぬいをされた、かいどり御姿おんすがたおがみ申す。」
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
にわとりが鳴いて女は帰って往った。帰る時ぬいのあるくつを一つくれて言った。
蓮香 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
稚子輪ちごわに結った髪も、曙染あけぼのぞめたもとも、金糸きんしぬいも、紫濃むらごはかまも、みんなおそろいであったが、元より山家の生ればかりなので、その袂で汗は拭く鼻くそはこする、せっかく化粧して貰った白粉も、まゆずみ
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)