“縅(おどし)” の例文
彼のよろい具足は、お抱えの明珍(みょうちん)に図案させ、縅(おどし)から彫金のかな具一ツまで、粋を凝(こ)らしめたものである。それをいま彼は着ていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
糸屋でこそあれ辻屋は土地の旧家で身代もなかなか確(しっ)かりしたもの、普通の糸屋と異(ちが)って、鎧(よろい)の縅(おどし)の糸、下緒(さげお)など専門にして老舗(しにせ)であった。
菊五郎の光俊は惣髪(そうはつ)にて、金の新月の前立物ある二谷(にのたに)といふ兜(かぶと)を負ひ、紺糸縅(おどし)の鎧(よろい)、お約束の雲竜の陣羽織にて立派なり。
冠者の左側に坐っているのは数馬にとっては一面識ある冠者の義弟石川五右衛門で、黒糸縅(おどし)の大鎧(おおよろい)、総髪の上に鉢巻をし、陣刀を握って杖突いている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その日に限って、黒皮縅(おどし)の冑(よろい)を着て、南蛮鉄の兜をかぶっていた中村新兵衛は、会心の微笑を含みながら、猩々緋の武者のはなばなしい武者ぶりをながめていた。
形 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
川の急流白波を噛み、早瀬は滝の如く流れ落ちる。激しい水勢であった。夜はすでにほのぼのと明けたが、川霧が深く立ちこめて、馬の毛、鎧(よろい)の縅(おどし)の色も定かには見えぬ。
右手に大溝(おおどぶ)があって、雪を被(かつ)いで小家(こいえ)が並んで、そして三階造(づくり)の大建物の裏と見えて、ぼんやり明(あかり)のついてるのが見えてね、刎橋(はねばし)が幾つも幾つも、まるで卯(う)の花縅(おどし)の鎧(よろい)の袖を、こう
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金雀枝(えにしだ)の茂みのかげから美々しく着飾ったコサック騎兵が今にも飛び出して来そうな気さえして、かれも心の中では、年甲斐もなく、小桜縅(おどし)の鎧(よろい)に身をかためている様なつもりになって
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
斯かる話は斯かる峽間の山村に生れたわが少年の水々しい心を、いやに深く刺戟(しげき)したものであつた。自分の家は村内一二の舊家を以て自任し、太刀もあり槍もあり、櫃(ひつ)の中には縅(おどし)の腐れた鎧もある。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
天下を取ったとか、取られたとか、相場師の出来そこないのような奴、コケ縅(おどし)の鎧(よろい)を着て軍(いくさ)をする奴でなければ、日本には英雄が無いように、子供の時分から教育がそう教えこんでいるようなものだ。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
騎馬に召され、白地金襴(きんらん)の陣羽織に、具足は萌黄(もえぎ)の縅(おどし)、革胴(かわどう)は真っ黒な漆塗(うるしぬり)に箔(はく)を置き、長やかな太刀(たち)佩(は)いて——
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前立(まえだて)打ったる冑(かぶと)を冠り、白糸縅(おどし)の大鎧を着、薙刀(なぎなた)を抱(か)い込んだ馬上の武士——それこそ地丸左陣である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
卯の花縅(おどし)の鎧に錆色の星冑鍬形(くわがた)打ったのを着け、白旗の指物なびかせた老(おい)武者がある。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
根岸の鴨川の討入の武器なる黒糸縅(おどし)の五ツ紋を、畳んであるまま懐へ捻込(ねじこ)んで、ボオイを呼んで勘定をすると、件(くだん)の金袋を提げたのがその金袋は蓋(けだ)し代金を受納めるために持っているのではなく
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縅(おどし)の染め糸を、白い掌に、揃えては、綴じ板にならべていた娘だけは、無関心のように、うわさの、外にいた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突っ立ったまま卯の花縅(おどし)の、鎧(よろい)の胴をユサと掻き上げ、草摺りの上を一文字に、鎧通しで掻っ切った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
見ていろ、縅(おどし)だの、籠手脛当(こてすねあて)など、鎧具足(よろいぐそく)を山と積んで、多寡をくくッていようものなら、ここの仕事場へも、六波羅検断所の御人数が、御用ッとばかり、やって来るから
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と彼の前に立ったのは白衣の直垂(したたれ)、白糸縅(おどし)の鎧、白い烏帽子を後様に戴き、白柄の薙刀を抱い込んで白馬に跨がった白髪の武人——蘇門山村良由と、同じ扮装(よそお)いに出で立った孫兵衛
稚子法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この炎天に、暁の雨も乾いて、人馬は汗と埃(ほこり)にまみれ、華やかな縅(おどし)の色や陣羽織もみな白っぽくなっていた。ひとり燦々(さんさん)として烈日を射るが如きものは、金瓢(きんぴょう)の馬じるしだけであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
縅(おどし)の糸のやや古びた、源平時代の鎧甲(よろいかぶと)、宝石をちりばめた印度風(インドふう)の太刀、磨ぎ澄ました偃月刀(えんげつとう)、南洋産らしい鸚鵡(おうむ)の剥製、どこかの国の国王が、冠っていたらしい黄金の冠、黒檀の机、紫檀の台
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
犬千代の鎧(よろい)は華やかだった。小貫(こざね)から縅(おどし)まで新しいので、燦爛(さんらん)と眼を射る。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことに、羽柴(はしば)従(じゅ)四位(い)の参議秀吉(さんぎひでよし)が入洛(じゅらく)ちゅうのにぎやかさ。——金の千瓢(せんなり)、あかい陣羽織(じんばおり)、もえ黄(ぎ)縅(おどし)、小桜(こざくら)おどし、ピカピカひかる鉄砲(てっぽう)、あたらしい弓組、こんな行列が大路(おおじ)小路(こうじ)に絶えまがない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)