へら)” の例文
陶戸すえどの中の久米一は、素地そじを寄せて一心不乱にへらをとった。ミリ、ミリ、彼の骨が鳴って、へらの先から血がしたたりはしまいかと思われる。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と手真似で知らせますると、島人はうなずき、へらのような物を出しまして、ギュウ/\と漕ぎ始めました。只今の短艇たんていのようなものと見えます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
乾漆の際、へらでやると谷が丸くなるので、平鑿のような仕事は出来ないが、それが乾漆像に非常に柔い感じを出し得た。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
女学校でつかう手芸用のへらだよ、此奴が裏の塀の根元を掘て手紙を埋めたり掘出したりした奴さ、塀の内外うちそとは夜なら誰にも知れず一仕事やれるからね
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
へらを執って飯粒を練った経験をあまり持合せていないけれども、昔の家には必要に応じて糊を作るため、続飯用の板と箆とが備えてあったものであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その肝腎かんじんなものをへらすくったように根こそぎがれて、そこが平べったい赤い傷口になっているのだから、並みの醜男ぶおとこの顔よりも尚醜悪で、滑稽であった。
(5)ferule ——学校で、懲罰として児童を、とくにそのてのひらを、打つためにつくられた木のへら
後からへらや鉋で削った跡は土がザラザラしているから、釉掛けに当ってぴったりと釉がくっつかない。
古器観道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
で、ワトソン君指先がへらのように平べったくなっているだろう、——これがこの二つの職業には、共通の特徴なんだが、しかしこちらは表情に、霊感的なところがある
彼はある日、その妻と共に食事をしていると、あたかも来客があると報じて来たので、小さい金のへらを肉へ突き刺したままで客間へ出て行った。妻も続いてそこをった。
私は彼の貝殻、小さな木のかたまり、及び彼がピシャッと机を叩いて話に勢をつける扇形の木へらを更によく見ようと思ったので、彼のこの演技に対して十セント支払った。
職工が煉瓦の型に固めあげた粘土を、崩れないように陽で乾しながら、へらで敲き固めるのだった。煉瓦を縛る縄をって売る者もあった。馬を持っている男達は駄賃に出た。
黒い地帯 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そう言って、高い木沓きぐつを脱ぐと、なかから、それは異様なものが現われた。双方の足趾あしは、いずれも外側にかたよっていて、大きな拇趾おやゆびだけがさながら、大へらのように見えるのだった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
他の女給仕人のように白粉もさして濃くはせず、髪も縮らさず、へらのような櫛もささず、見馴れた在来のハイカラに結い、鼠地の絣のお召に横縦に縞のある博多の夏帯を締めていた。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その時はのりを盆にいたり、へらを使って見たり、だいぶ本式にやり出したが、首尾好く乾かして、いざ元の所へ建てるという段になると、二枚ともり返って敷居のみぞまらなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわゆる今日の外科道具で銀色の小刀、同じ色のはさみ、象牙のへら、鹿のなめがわ鵠毛くぐいげ刷毛はけ、鋭い鉄針、真鍮しんちゅうの輪、それと並べて大小の箱が、粉薬水薬を一杯に満たせ、整然として置かれてある。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「だが、さうなつたら、俺等わしらはどういふ事になるんだ?」と、最初皺嗄声の男と話し合つてゐた中央まんなかの男が、麻紐あさひもで腰へ下げてある竹のへらもちのやうにへばり着いてゐる鍬の土を払ひ落しながら
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
やがて、銀盤を竹のへらで摩擦する音のような、いわゆる呱々ここの声がきこえました。私は思わず、赤ん坊を見つめました。然し、生れた子には夫人の予期したような異常現象は認められませんでした。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
夜の池にうごきてほそ月形つきがたはかがやくへらのゑぐれる如し
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
眞鍮しんちうへらそのくすりかみ塗抹つて患部くわんぶつてやつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
へらの秘伝、釉薬くすりの合せ、彼が今日までおくびにも出さない秘密を、みなブツブツとひとりごとにあかし、そして増長天王ぞうちょうてんのうの仕上げにかかっていた。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがあんまり深く傷をつけ過ぎてもいけないし、浅過ぎてもいけないし、呼吸物なんで、その傷口から松脂まつやにのようにどろりとみ出て来る汁をへらですくって竹の筒へ入れる。
紀伊国狐憑漆掻語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一例として、団扇うちわ屋は節と節との間に穴をあけた長い竹を団扇かけとして使用する。穴に団扇をさし込むのである。台所でも同じような物に木製のさじへらや串等をさし込む(図15)。
それは、堅い紙がいったん折り曲げられて紙折りへらで押えられ、そのもと折られた同じ折目のところから反対に折り返されたときにできる折れぐあいなんだよ。これを発見すれば十分だった。
そして雲形の働きは、その主体のへらごしらえが下部より上部へ行くに従って、削りの度を荒くしている気脈と、何やら相通ずるものがあって、その景観に一層の必然性を持たせているかの如く見ゆる。
古器観道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
象牙のへらででも擦るような、滑らかな音が聞こえて来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かれの道中差がへらの如く鳴ったのは、釘勘の十手のかぎにねじられたか、あるいはたたき交わされたものでしょう。あっと、横に泳いで草の穂を切ったところを
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軟い石膏せっこうでも練るような、へらの音が聞こえて来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
笠のうちで、苦笑して見ていた。彼は、先刻さっきからその軒つづきの陶器師すえものしの細工場の前に立ち、子供のように何事も忘れて、轆轤ろくろへらの仕事に見恍みとれていたのであった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——では、いい尽くせませんが、いいましょう。このへらですぱっと切ってある土のあとですが……」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、その一人のほうの六十ぢかいおきなが、へらと指のあたまで、今、一個の茶碗になりかけている粘土つちをいじっているのを見ると、武蔵は、自分の不遜な気持がたしなめられた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「——へらあとを、武蔵どのは、どう思いますか」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)