病葉わくらば)” の例文
病葉わくらばも若葉も、ごみのように舞って、人々の鎧へ吹きつけて来るし、炊事している兵站部へいたんぶの、薪のけむりが風圧のために地を低く這って
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さながら人なき家の如く堅くも表口の障子を閉めてしまった土弓場の軒端のきばには折々時ならぬ病葉わくらば一片ひとひら二片ふたひらひらめき落ちるのが殊更にあわれ深く
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山の紫は茄子なすびの紫でもない、山の青は天空の青とも違う、秋にいんずる病葉わくらばの黄にもあらず、多くの山の色は大気で染められる、この山々の色の変化は
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
私がここに書こうとする小伝の主一葉いちよう女史も、病葉わくらばが、霜のいたみにたえぬように散った、世に惜まれるひとである。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
なお焚火たきびはトロトロと燃え、土釜からは湯気が薄白く立ち、風にあおられて病葉わくらばが、ひっきりなしに、散って来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
井戸のなかの水は、朝のとほりに、静かに円くたたへられて居る。それに彼の顔がうつる。柿の病葉わくらばが一枚、ひらひらと舞ひ落ちて、ぼつりとそこに浮ぶ。
風が出たらしく、しめきった雨戸に時々カサ! と音がするのは庭の柿の病葉わくらばが散りかかるのであろう。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
弱い葉や既に枯れかかつた病葉わくらばは一溜もなく八方に飛び散り、木は根から大揺れに揺れる。
弱い葉や既に枯れかかつた病葉わくらばは一溜もなく八方に飛び散り、木は根から大揺れに揺れる。
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
その白楊の中には、枝が引き裂けたまま、幹からすっかり離れもせずに、病葉わくらばと一緒にだらりと下へ垂れさがっているものもあった。一言にしていえば、何もかもが素晴らしかった。
病葉わくらば彼方あちらにも此方にもはらはらとちっている。青い煙は一面に渓の隅々をとざした。黒く頭の見えた小屋も黄昏たそがれとなって分らなくなった。日はいつしか落ちて、大空は青々と澄み渡った。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
この時ならぬ花見の催しに、あたり近所が急に春めいてきて、病葉わくらばの落ちかかる晩秋の桜の枝に花が咲いたようです。折柄、参詣の人の足もとどまり、近所あたりの人もたかって来る。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
太い桜のみきが黒ずんだ色のなかから、銀のような光りを秋の日に射返して、こずえを離れる病葉わくらばは風なき折々行人こうじんの肩にかかる。足元には、ここかしこに枝を辞したる古いやつががさついている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あれは底が浅いし、あのように桃の枝がさしかかっているので、落ちこむのは花ばかりではなく、病葉わくらばも腐った桃のも、毛虫もある。たいていは流れだしてゆくが沈んで底にたまるものも多い。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
病葉わくらばや石にも地にも去年のやう
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
○桜並木病葉わくらばの下犬二匹
土手へあがった時には葉桜のかげは小暗おぐらく水を隔てた人家にはが見えた。吹きはらう河風かわかぜに桜の病葉わくらばがはらはら散る。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
庭造師にわつくりが入って、古枝を刈ったり、病葉わくらばをふるい落したり、五条西洞院の別荘は、きれいな川砂に、ほうきが立っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
枝葉が揺れ、病葉わくらばが舞い落ち、焚火が靡き、草がひるがえり、そうして姥の白髪と白衣とが、白いほのおのようにひらめいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その振りがようやくおさまったと思う頃、さっと音がして、病葉わくらばはぽたりと落ちた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ゆりの木の病葉わくらば黄なり。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
土手どてあがつた時には葉桜はざくらのかげは小暗をぐらく水をへだてた人家じんかにはが見えた。吹きはらふ河風かはかぜさくら病葉わくらばがはら/\散る。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
窓から部屋の中へ差し出されている楓の、血のようにあか病葉わくらばが、吹き込んで来た風に揺れたばかりであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ついに左馬介も怒って、こう叱りつけたとき、人が来たのか、病葉わくらばが散るのか、かすかな気配けはいが庭に聞えた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そろそろと掛けて行ってその穴のあとを足では踏めなかった。病葉わくらばを掻き寄せて来て、そこらにかぶせた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病葉わくらばがサラサラと降って来た。二本の剣の間を潜り、重り合って地へ散り敷く。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昨日の嵐にふるい落とされた病葉わくらばが、道一面に散りしいていて、そこを踏みしめてゆく大勢の足音の前に、山小禽やまことりが腹毛を見せてツイツイとおどろき飛ぶ——。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向かい合った三人の空間を、病葉わくらばが揺れながら一葉二葉落ちた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
信長のまわりから、近習がしきりにさわいでいる。蝉時雨せみしぐれもはたと止むばかりだった。当の信長は、馬頭観音堂の濡れ縁に病葉わくらばや塵も払わず腰かけて、ひとりの小姓に金扇で風を送らせていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色づいた病葉わくらばが微風にあおられ体の上へ落ちて来たりした。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
梅雨つゆがあがって、山には病葉わくらばがしとどに落ちていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色づいた楓の病葉わくらばが、泉水の中へ散ったらしい。
五右衛門と新左 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
病葉わくらばが風に散るのだろう、肩の上へ落ちて来た。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)