猿股さるまた)” の例文
私はそのとき自分の病室の窓から、向うのヴェランダに、その少年が猿股さるまたもはかずに素っ裸になって日光浴をしているのを見つけた。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
肉襦袢にくじゅばんの上に、紫繻子むらさきじゅすに金糸でふち取りをした猿股さるまたをはいた男が、鏡を抜いた酒樽さかだるの前に立ちはだかって、妙に優しい声でった。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
下関発上り一二等特急、富士号、二等寝台車の上段のカーテンをピッタリととざして、シャツに猿股さるまた一つのまま枕元の豆電燈をけた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「書物は精神の外套がいとうであり、ネクタイでありブラシであり歯みがきではないか、ある人には猿股さるまたでありステッキではないか。」
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、また途方もない声をして、階子段はしごだん一杯に、おおきなな男が、ふんどし真正面まっしょうめんあらわれる。続いて、足早にきざんで下りたのは、政治狂の黒い猿股さるまたです。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青扇は猿股さるまたひとつで縁側にあぐらをかいていて、大きい茶碗を股のなかにいれ、それを里芋に似た短い棒でもって懸命にかきまわしていたのだ。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
猿股さるまた一枚になって、うららかな太陽の光のあたる縁側にとび出し、ほの温い輻射熱ふくしゃねつを背中一杯にうけて、ウーンと深い呼吸をして、まぶたをとじた。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
でも、私が日本を出る時、私のスートケースの一個は全く浴衣ゆかたのねまきと一ダース猿股さるまたとシャツによって埋められていた。
猿股さるまた一つの裸に鈍い軒灯の光をあびながら将棋をしていましたが、浜子を見ると、どこ行きでンねンと声を掛けました。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それから、お前、帆立貝の猿股さるまた穿いた象の脚、剃刀かみそり入れ、元禄袖、模範煙突えんとつ羽根箒はねぼうき、これは棕櫚しゅろの木、失敬。
波田、三上、藤原、西沢らは元気盛りではあるし、船長をそれほど「おそ」れてはいなかったので、猿股さるまた一つで飛び出した。仙台と波田とは全裸で、飛び出した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
一番に到着した者が、紫の猿股さるまたをはいて婦人席の方を向いて立っている。よく見ると昨夜の親睦会しんぼくかいで演説をした学生に似ている。ああ背が高くては一番になるはずである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄も腰巻から猿股さるまたに変っていた。私も腰巻は嫌だったが、けれどもお前はまだ小さいのだからと云われて、依然腰巻をさせられていた。私の遊び友達もみんな猿股をはいていた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
只僕を僕とも思はずして、「ほら、芥川龍之介、もう好い加減に猿股さるまたをはきかへなさい」とか、「そのステッキはよしなさい」とか、入らざる世話を焼く男は余りほかにはあらざらん
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蕎麦そば屋で借りた雨戸に、私はメリヤスの猿股さるまたを並べて「二十銭均一」の札をさげると、万年筆屋さんの電気に透して、ランデの死を読む。大きく息を吸うともう春の気配が感じられる。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そして、最後には芒原のなかで、叫喚の声をあげていたと見るうち、上着を脱いで駈け出したの、猿股さるまた一つで飛び出したの、それに続いて異様の風体のものが、枯芒のなかからよろめき出した。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
一郎君も哲雄君も、つづいてシャツとズボンをぬぎ、三人とも猿股さるまた一つになってしまいました。それでも、まだあつくてたまらないのです。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この圧迫するような感じを救うためには猿股さるまた一つになって井戸水を汲み上げて庭樹などにいっぱいに打水をするといい。
夕凪と夕風 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「いや、なんのなんの」といいながら、佐々砲弾は脱いだ服のポケットから小さい帳面と鉛筆とを出して、猿股さるまた一つのまま、学士の前へ進み出た。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金ピカの猿股さるまた一つになった木乃伊ミイラ親爺の相手になって、禿頭はげあたまの上に逆立ちしたり、両足を捉まえて竹片たけぎれみたいにキリキリと天井へ投げ上げられたり
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼女は、それを覚悟で、二重に猿股さるまたをはいて、本船へ、彼女のパンをべく沖売ろうに来るのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
白粉おしろいが強いので二つの眼が真黒の穴とも見えた。殊に曲馬団では、ほとんど肉シャツ一枚で、乳がその形において現れ、彼女らは皆黒か赤のビロウドの猿股さるまた穿いていた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
一番に到着したものが、紫の猿股さるまた穿いて婦人席の方を向いて立つてゐる。能く見ると昨夜ゆふべの親睦会で演説をした学生に似てゐる。あゝせいが高くては一番になる筈である。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「津波が来た。大津波が来て蒲団も畳もさらはれた。猿股さるまたの紐が流れてくる。」
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
その翌々日の午後、義捐金ぎえんきんの一部をさいてあがなった、四百余の猿股さるまたを罹災民諸君に寄贈することになった。皆で、猿股の一ダースを入れた箱を一つずつ持って、部屋部屋を回って歩く。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
猿股さるまたを持っといで。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
深山木は波打際へ駈けて行って、いきなり猿股さるまた一つになると、何か大声にわめいて、海の中へ飛込んで行った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから素裸体すっぱだかになって、外套や服はもとより、ワイシャツから猿股さるまたまで検査した。どこにも異状のないことをたしかめてから、モトの通りに着直した。少々寒かった。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股さるまたを発明してすぐさまこれを穿いて、どうだ恐れ入ったろうと威張ってそこいらを歩いた。これが今日こんにちの車夫の先祖である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水夫たちは起きるとすぐ、猿股さるまた一つでか、あるいは素裸でか、寝間着かで、汽罐場まで、仕事着をとりに行かねばならなかった。けれども裸で、その寒さに道中はならなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「うわーッ、旗男君。その恰好かっこうはなんだ。早く家へ入って猿股さるまたをはいてこんか」
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
猿股さるまたやズボン下や靴下にはいつも馬の毛がくっついているから。……
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蛸に意識があったら必ず靴下と猿股さるまたをはくであろう。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
三郎は、何度も目を擦って見直し、又猿股さるまたの紐を抜いて、目測さえして見ましたが、もう間違いはありません。紐と穴と口とが、まさしく一直線上にあるのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
純粋の日本の浴衣ゆかたを着ていた彼は、それを床几しょうぎの上にすぽりとほうり出したまま、腕組みをして海の方を向いて立っていた。彼は我々の穿猿股さるまた一つのほか何物も肌に着けていなかった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士は猿股さるまたひとつになって、コンニャクのようにブルブルふるえている。そのからだを、三重ヴェールのおくから、きっと見つめていた四馬剣尺は、ふいに、椅子の腕をたたいてわらった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そしてまっぱだかになると、シャツ、猿股さるまた、ワイシャツ、ネクタイ、ソフトカラアなど薄手のものばかりり出して一とまとめにし、再び素肌すはだに背広を着、オーバーをまとった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
死骸は猿股さるまた一つ切りで、丸裸体まるはだかなのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)