汚穢おわい)” の例文
東京市の道路は甚乱雑汚穢おわいなり。此を攻撃する新聞社の門前は更に乱雑塵捨場ごみすてばの如し。門に入り戸を開けば乞食も猶鼻をおおうべし。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
汚穢おわいの習慣の修練 チベット人のごとくこの辺の人たちは非常に不潔であるいはラサ府の人間よりもこの辺の人間の方がなお汚穢おわいです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
曙覧は汚穢おわいを嫌はざりし人、されど身のまはりは小奇麗こぎれいにありしかと思はる。元義は潔癖の人、されど何となくきたなき人にはあらざりしか。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
対岸にうずたかく積まれていた汚穢おわい物の山は黒く点々と島になり、低い所から濁流は田畑に舌舐めずりしつつ食い入っていた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
それは人生の汚穢おわいを描き、醜悪を暴露することによって、一種の征服的なる権力感へ高翔こうしょうしようと言うのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そこはやはり汚穢おわいの巣窟にしても、それほど不調和ではないためにそれほど不快なところじゃないからね。
身についた汚穢おわいは堪らなかった。僕はその生温いよごれた着物を一枚一枚と脱ぎ棄てながら歩いたのだ。しかもその足には怠惰という疥癬かいせんが一面に巣喰っていた。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
汚穢おわいや、悪臭や、その他あらゆる醜悪事に満ちた部分に住んだり、巣を作ったりする傾向のあるのは、いったいどうしたことか、という問題に興味をいだきはじめた。
この詩を広く人生にして解せむか、いはく、凡俗の大衆は眼低し。法利賽パリサイの徒と共に虚偽の生を営みて、醜辱汚穢おわいの沼に網うつ、名や財や、はた楽欲ぎようよくあさらむとすなり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
よくは知らないが切支丹キリシタンの聖書というのをのぞいてみても、道徳律以外は奇蹟と安心立命の保証に充満している、詰り現実の汚穢おわいと苦悩と悪徳、それに死の恐怖というもの
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すなわちそれは、汚穢おわいを土地に返す事である、汚穢を土地に送り肥料を田野に送る事である。この簡単な一事によって、社会全体が貧窮の減少と健康の増進とを得るであろう。
獅子獣小さしといえどもり食らう事塵土じんどのごとし、大竜身無量にして金翅鳥こんじちょうたる、人身長大にして、肥白端正に好しといえども、七宝のかめに糞を盛り、汚穢おわい堪うべからず
新にもくする者は必ずかんだんし、新に浴する者は必ず衣を振うとは、身を重んずるのいいなり。我が身、金玉なるがゆえに、いやしくも瑕瑾かきんを生ずべからず、汚穢おわいに近接すべからず。
徳育如何 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
汚穢おわいなる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、さては精神過多等の不自然な原因から誘致した病気のために、その天寿の半ばにも達せずして、紛々として死に失せるのである。
死刑の前 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
この汚穢おわいだらけな地面の上に、気をうしなって寝ていたかと思うと、いくらしゃアつくな蛾次郎でも、さすがにすこしあさましくなって、今朝けさ寝起ねおきは、あまりいい気持でなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは崇高というよりも、寧ろ汚穢おわいで、調和的というよりも、寧ろ乱雑で、その一つ一つの曲線と、そこにただれた百花の配置は、快感よりは一層限りなき、不快を与えさえします。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ゆえにだんだんいわゆる理想の奥を探るとすこぶるいやしむべき野卑やひなる動機に到着することがしばしばある。自己の欲望の汚穢おわいおおうために理想という文字を用うるものがたくさんある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「あはゝ、などと言つて、此奴こいつ、色男と共稼ぎに汚穢おわいりの稽古けいこで居やがる。」
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼のよろこび知るべきである。かく神を事実上に見てその全能を悟るや、自己の無力汚穢おわいは何よりも痛切に感ぜらるるに至り、驕慢きょうまんにして自己に頼りし既往の浅墓あさはかさは懺悔ざんげの種とのみなった。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
せっかくの生気も濃いアイ・シャドーのおかげでだいなしになり、ブゥルヴァルを流して歩く高等内侍の顔の中にある、あのどこか汚穢おわいな感じのまじった一種特別な美しさになっています。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あるいは「東洋の紐育ニュウヨーク」もしくは「東洋の桑港サンフランシスコ」——こう呼ばれている上海シャンハイも、昔ながらの支那街としての県城城内へ足を入れれば、腐敗と臭気と汚穢おわいとが、道路そとにも屋内うちにも充ち満ちていて
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
繃帯ほうたいなどのために汚穢おわいな変貌をしてもの乞の老婆の群のよう。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
実に奇々妙々の風俗で、チベット国民が実に汚穢おわい極まるということも、こういう事によっても知り得ることが出来るのでありましょう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
沈黙した精神を、あらゆる汚穢おわいと非礼と、無節度との混沌こんとんの中から洗い上げて立ち上がらせること。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
上をおおわれてる泥土でいどの中の死、すなわち汚穢おわいのための徐々の息苦しさ、汚泥の中に窒息がつめを開いて人ののどをつかむ石の箱、瀕死ひんしの息に交じる悪臭のみであって、砂浜ではなく泥土であり
金玉きんぎょくもただならざる貴重の身にして自らこれをけがし、一点の汚穢おわいは終身の弱点となり、もはや諸々もろもろの私徳に注意するの穎敏えいびんを失い、あたかも精神の痲痺まひを催してまた私権をまもるの気力もなく
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
汚穢おわいくつ穿いて太陽の下を往くが、ここには一杯の佳き葡萄酒と、高邁こうまいなる感情の昂揚こうようがある、見えずといえども桂冠は我らの額高く輝き、かたちなけれど綾羅りょうらの衣我らを飾る、我らに掣肘せいちゅうなく
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふんう餓鬼 ともうべきもので、まあ私の見た人種、私の聞いておる人種の中ではあれくらい汚穢おわいな人間はないと思うです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
汚穢おわいを拒否するという君のいわゆる純潔な肌。それがそもそも僕のいう必然さ。そして僕は予言する。その弱い宿命の皮膚は、とうてい人生の風当たりの強さに耐えないだろう」
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
エッケベルク氏の語るところによれば、支那の農夫で都市に行く者は皆、われわれが汚穢おわいと称するところのものを二つのおけにいっぱい入れ、それを竹竿たけざおの両端に下げて持ち帰るということである。