殷々いんいん)” の例文
それと共に浜辺にいた村民漁夫たちが一時に仰天して、蜘蛛くもの子を散らすように走り出しました。つづいて殷々いんいん轟々と天地の崩れる音。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殷々いんいんと響く初午の太鼓。かなたに多那川の堤を焼く煙。野地の籔鶯やぶうぐいす。畑に麦踏む頬冠りの人。藍染橋を渡る野良猫と町の猫との恋。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
独房の四つの壁はムキ出しのコンクリートなので、それが殷々いんいんとこもって響き渡った。——口笛が聞える。別な方からは、大胆な歌声が起る。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ベンサム死して既に半世紀、余威殷々いんいん、今に至ってようやさかんである。偉人は死すとも死せず。我輩はベンサムにおいて法律界の大偉人を見る。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
殷々いんいんたる——と云うのは都会の雷鳴で——まるで、身体の中で、ひびき渡るような金属的な乾いた雷鳴が、ビリビリと、四辺あたりの空気を震動させた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
不動瀑布は殷々いんいんとして遠雷のような音をたてているが、断崖峭壁しょうへき囲繞いにょうされているのでその本体を見ることが出来ぬ。
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
その海の音は、離れた台所で石臼いしうすくように、かすかではあるが重苦しく、力強く、殷々いんいんとどろいて居るのである。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
レールの上に狂奔乱舞する車輪の殷々いんいんたる響が耳底を流れてゆく——それだけのことの感覚で、乗客たちは自分が生きているということをかろうじて認識した。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふたたびオルガンがとどろき、恐ろしい大音響をまきおこし、大気を凝縮して音楽にし、滔々とうとうとして魂に押しよせてくる。なんという殷々いんいんたる音律であろう。
殷々いんいんと頭上に轟き渡って、その度に瞳を焼くような電光が、しっきりなく蓆屋根むしろやねの下へもひらめいて来ます。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
天地の間より殷々いんいんとして響き来る警鐘の音響が自分の聴覚に無限的な圧迫を与えて来るのを感じた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
空中村砲撃の音は朝から殷々いんいんと響いた。飛行船は燃え上り、飛行機は焼落た。暴力にのみ信頼することを知って進化と発展に恐怖する卑怯な霊が全大阪市を支配した。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
こう叫ぶ声が空に当たって、殷々いんいんとして聞こえて来たが、やがて次第に遠退き遠退きついに全く聞こえなくなった。座中の者の耳の底にはしかし尚物凄く残っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
殷々いんいんたる砲声は耳をつんざいて、十二インチ主砲弾はたちまち我艦眼掛けて、釣瓶つるべ打ちに落下してきた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
見送ると小さくなって、一座の大山おおやま背後うしろへかくれたと思うと、油旱あぶらひでりの焼けるような空に、その山のいただきから、すくすくと雲が出た、滝の音も静まるばかり殷々いんいんとしてらいひびき
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はて。これはどうしたものだろう?」と、ただ怪しみ疑っていると、たちまち一方の山陰から殷々いんいんたる鼓角こかくが鳴りひびき妖しげな扮装いでたちをした鬼神軍が飛ぶように馳けてきた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ツアールの巨鐘きょしょう殷々いんいんたる響きをききながら、クレムリン宮殿附近の邸宅で数ヶ月を過した或日、ロダンさんからのお手紙で、あなたの健康のよくなり次第巴里に帰って貰いたい。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
この物語に伴奏をつとめるのは、殷々いんいんたる砲声だ。空を裂く爆撃機のうなりは、どのページにも聞こえるだろう。各国の無線は執拗しつようにマタ・アリの首を追って、燈火が燃えるように鳴り続ける。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
しかし歴史はいまだかつて、如何なる人の伝記についても、殷々いんいんたる鐘の声が奮闘勇躍の気勢を揚げさせたことを説いていない。時勢の変転して行く不可解の力は、天変地妖の力にも優っている。
鐘の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
聖鐘の殷々いんいんたる響が轟きはじめ、その神々しい光が、今度は金線と化して放射されるのではないかと思われてくると、——ああ、ダンネベルグ夫人はその童貞を讃えられ、最後の恍惚こうこつ境において
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、こともなげな静かな低声が、殷々いんいんとして左膳の耳へ流れた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なるほど殷々いんいんたる砲声が、遠くのほうから轟きだしてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
この時夕暮れの鐘が殷々いんいんとして鳴る。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
今日も遠く殷々いんいんたる砲声が聞える。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうして、かなりの遠くの距離にいて、多くの雑音の中にあっても、ムクの吠ゆる声だけは、いつも殷々いんいんとして聞き取ることができるのであります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
(村中が、ますます明るくなる。人声が嵐のように高まってくる。犬がけたたましく吠える。寺の鐘が殷々いんいんと鳴る。甚作駆け出す。やがて帰ってくる)
義民甚兵衛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
烏の足掻あしがきの雪の飛沫ひまつから小さな虹が輪になって出滅する。太鼓の音が殷々いんいんとどろく。向う岸の稲荷いなりの物音である。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ボーンと、一つ鮮明はっきりと最初の鐘が鳴らされた。続いて二つ目の鐘の音が殷々いんいんとして響いて来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
メーコンとラオコンとの艦腹かんぷくに開く強力なる機関砲は、鼻を並べて、殷々いんいんたる砲撃を開始した。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
雷は狂乱する大海原にとどろきわたり、山なす波にこだまして、殷々いんいんと鳴りつづけた。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
あおと赤と二色ふたいろの鉄道馬車のともしびは、流るるほたるかとばかり、暗夜を貫いて東西より、と寄ってはさっと分れ、且つ消え、且つあらわれ、轣轆れきろくとしてちかづき来り、殷々いんいんとして遠ざかる、ひびきの中に車夫の懸声
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
対岸をふさいだ山の空には、二三度かぎの手の稲妻いなずまが飛んだ。続いて殷々いんいんいかずちが鳴った。彼はそれでも泣きながら、じっと砂の上に坐っていた。やがて雨をはらんだ風が、大うねりに岸の熊笹を渡った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
殷々いんいんたる警鼓けいこおと、ごウーッとふといほのおいき、人のさけび、つるぎのおめき、たちの東西南北九ヵ所の門は、もうひとりも生きてはかえすまいぞと、戦時にひとしい非常のかためがヒシヒシと手くばりされた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その砲軍の一つが、不意に紅の舌を出したかと見る間に、朝の静かな天地を砲声が殷々いんいんとどよもして、五、六発の榴弾が、不意に味方の頭上に破裂したのである。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ここに引き寄せた手柄山正繁の刀が、それに向って何の役に立つものでないことはよくわかっているはずであります。この時に外で殷々いんいんと半鐘を撞き鳴らす音がしました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殷々いんいんたる砲声が、前方の海面に轟きはじめた。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)