木霊こだま)” の例文
旧字:木靈
聞ゆるはわが木霊こだまのみ、うつろの笑い、手がかりなきかと、なま爪はげて血だるまの努力、かかる悲惨の孤独地獄、お金がほしくてならないのです。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ふとなわで、鉄槌てっついげて、とすたびに、トーン、トーンというめりむようなひびきが、あたりの空気くうき震動しんどうして、とおくへ木霊こだましていました。
白い雲 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いま獅子舞ししまいが堀川の小橋の上を渡ると見えて、大鼓の音は河岸の建物に木霊こだまして、あたり四方を祭のように浮立たせます。続いて初荷はつにはやしが通ります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は一種の恐怖をまじへた讃美と歓喜にみちて声高くうたひはじめた。木霊こだま! それはちやうど山のかげに誰かがかくれてゐてあとをつくやうにはつきりとくりかへす。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
すると、空洞の木霊こだまがグワンと(おれは、なおるっ)と、それに和すように、もう一ぺん聞えた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おんみたちの死は僕を戦慄せんりつさせた。死狂う声と声とはふるさとの夜の河原かわら木霊こだましあった。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
どっとときをつくれば、山々、谷々に木霊こだましておよそ十万余騎もあろう声とも聞えた。
銃声はものすごく木霊こだました。だが天幕は、あいかわらず走りつづけるのであった。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
単調な人なつっこいその木霊こだまが、また向こうの山から呼びかけてくる。七月というに、谷川の音に混じって鴬がかしましく饒舌している。然しここでは、鴬も雀程にも珍しく思われない。
浅間山麓 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
木霊こだまのように、返事を寄来よこすのだった、彼もたしかに寂しいには違いない、彼も決して悪い男ではない、ただ、世の人との交際の術を全然持ち合せていないのだ——と、私は思っていた。
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
と風間老人は、わたし達の先に立って、暗い急な螺旋らせん階段を登りながら言った。その声がまた、長い高い塔内に反響して、なんとも言えないいんにこもったつぶやくような木霊こだまを伴うのだった。
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
私共の仲間では此れを一口に『怪物えてもの』と云いまして、猿の所為しわざとも云い、木霊こだまとも云い、魔とも云い、その正体は何だか解りませんが、兎にかく怪しい魔物が住んでいるに相違ありません。
と相撲取が一生懸命に呶鳴る声だから木霊こだま致してピーンと山間やまあいに響きました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
………或る時は森の奥の妖魔が笑う木霊こだまのような、或る時はお伽噺とぎばなしに出て来る侏儒こびと共が多勢揃って踊るような、幾千の細かい想像の綾糸で、幼い頭へ微妙な夢を織り込んで行く不思議な響きは
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
無住むじゅうの廃寺にきしる戸の響きは、音なき山里に時ならぬ木霊こだまを送りました。荒れはてた床を踏んで内に入り、燈火を高く掲げた時、仏壇の前方、並ぶずしの中央に世尊の顔が幻の如く浮び出ました。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それから若い木霊こだまは、明るい枯草かれくさおかの間を歩いて行きました。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
銃声がひびき、山並みの木霊こだまが答えた、「ぱぱーん!」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
怪鳥けちょうのような笑いが、小日向の夜に木霊こだまします。
かびのはえたやうなしめつぽい木霊こだま
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
木霊こだまと言ひ争ひをするやうに
高野さちよは、山の霧と木霊こだまの中で、大きくなつた。谷間の霧の底を歩いてみることが好きであつた。深海の底といふものは、きつとこんなであらう、と思つた。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
応変自由なること、鐘の撞木しゅもくに鳴るごとく、木霊こだまの音を返すがごとく、活溌かっぱつ轆地ろくち境涯きょうがいとらえました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
へいおどり越そうとする者——木の枝にぶらさがる者、屋根にのぼってすきを見る者、衆を組んで破れかぶれに斬りだす者——いちじにワーッと喊声かんせいをあげると、寄手よせてのほうも木霊こだまがえしに
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その音は山々に木霊こだまし、うううーっと長く尾をひいてひびきわたりました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こうした山奥にはありがちの風の音さえもきこえない夜で、ただ折りおりにきこえるのは、谷底に遠くむせぶ水の音と、名も知れない夜の鳥の怪しく啼き叫ぶ声が木霊こだましてひびくのみであった。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やはり古沼のほとりで信一と一緒に聞いた不思議な響き、………或る時は森の奥の妖魔が笑う木霊こだまのような、ある時はお伽噺に出て来る侏儒こびと共が多勢揃って踊るような、幾千の細かい想像の綾糸で
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その声は八方に木霊こだまし、走り廻っている。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
高野さちよは、山の霧と木霊こだまの中で、大きくなった。谷間の霧の底を歩いてみることが好きであった。深海の底というものは、きっとこんなであろう、と思った。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたくしは不思議とこれを唐突な呼声とも思わず、木霊こだまのように答えた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
木霊こだま
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも噂と事ちがって、あまりの痛苦に、私は、思わず、ああっ、と木霊こだまするほど叫んでしまった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは先生が笑ったのでしょうか、木霊こだまが笑ったのでしょうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぴしゃあんと雪の原、木霊こだまして、右の頬を殴られたのは、助七であった。間髪かんはつを入れず、ぴしゃあんと、ふたたび、こんどは左。助七は、よろめいた。意外の強襲であった。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
時々爆音が木霊こだまする。男達は意味あり気な笑いをうかべて
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)