敏捷びんせふ)” の例文
おつぎは勘次かんじ敏捷びんせふあざむくにはこれだけのふか注意ちういはらはなければならなかつた。それもまれなことでかずかならひとつにかぎられてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
駱駝らくだのやうな感じの喜三郎老人は、思ひの外敏捷びんせふに立ち上がると、平次と八五郎が留める間もなく、身をひるがへしてざんぶと川の中へ——。
彼等の一疋はそれを見出す点で、他の一疋よりも敏捷びんせふであつた。併し、前足を用ゐて捉へる段になると、別の一疋の方がかへつて機敏であつた。
怜悧れいりなる商人を作り、敏捷びんせふなる官吏を作り、寛厚にして利にさとき地主を造るに在り。彼は常に地上を歩めり、彼れは常に尋常人の行く所を行けり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
木の上ではあれだけ敏捷びんせふな猿でも水の中では一尺も泳ぐ事が出来ないのです、猿の一番禁物は水なのです。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
妻は夢心地に先程から子供のやんちやとそれをなだめあぐんだ良人の声とを意識してゐたが、夜着に彼の手を感ずると、警鐘を聞いた消防夫の敏捷びんせふさを以て飛び起きた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
くは知らない。交際は万事如才なくて、少し丁寧過ぎるやうな処がある。色の白い小男で、動作が敏捷びんせふなせいでもあるだらうが、何処かなめらか過ぎるやうな感じがする。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
カナリヤは南独逸ドイツなまりまじりの媼の言葉にいつも敏捷びんせふに反応した。この小鳥は既に満十五歳の齢で、片足が利かなくなつてゐた。また、活溌にさへづるやうなことももうなかつた。
日本媼 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「では、カァター、敏捷びんせふにやつてくれ給へ。」と彼は後者に云つた。「傷の手當をして繃帶を捲いて怪我人を階下したにつれて行つて、その他全部に半時間しか上げられないから。」
咄嗟に、私は正門に向つて斜めに走つたのです。私の敏捷びんせふな事は兄弟ぢゆうでも定評がありました。私は穹形の飾の下で、往来へ走り抜けようといふところを、仔馬に追ひつきました。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
精究す。応酬の多に因つて贈答に労倦らうけんす。況や才拙にして敏捷びんせふなること能はず。大に我が胸懐に快ならず。交誼に親疎あり。幸に不才に托し、限つて作為せば、偶興の到にあひ、佳句を
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
伊藤は二番といふ秀才だしその上活溌敏捷びんせふで、さながら機械人形の如く金棒に腕を立て、幅跳びは人の二倍を飛び、木馬の上に逆立ち、どの教師からも可愛がられ、組の誰にも差別なく和合して
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
けれどその影の敏捷びんせふなる、とても人間業にんげんわざとは思はれぬばかりに、走寄る自分のそでの下をすり抜けて、電光いなづまの如く傍の森の中に身をかくして了つた。跡には石油をそゝいだ材料に火が移つてさかんに燃え出した。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
こんな事もあらうかと、平次の眼配せを讀んで、家中の者の樣子をうかゞつてゐた八五郎です。女の動作は八五郎が思ひも及ばないほど敏捷びんせふなものでした。
また獲物えものするどみづつてすゝんでるのを彼等かれら敏捷びんせふ闇夜あんやにもかならいつすることなく、接近せつきんした一刹那せつな彼等かれら水中すゐちうをどつて機敏きびんあみもつ獲物えものくのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
媼が生んだただ一人の男の子に Wilhelmウイルヘルム Hillenbrandヒルレンブラント といふのが居た。これは日本の留学生の生ませた混血児であるが、すでに三十に近い敏捷びんせふな若者である。
日本媼 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そんな事、かなふもんですか。」未だ正体を誰にも見せぬ敏捷びんせふさに、細君はむしろ感服しはじめてゐる様子だつた。だが主人の方もさすがに、それを忠実に実行するほどの根気はなかつた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
(三)何物をも見遁みのがさゞる敏捷びんせふ 徳富蘇峰の将来之日本を以て世に出づるや、彼れは世界の将来が生産的に傾くべきを論ずる其著述に於て、杜甫とほの詩を引証し、伽羅千代萩めいぼくせんだいはぎの文句を引証し
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
自分はこの視覚と味覚との敏捷びんせふな使ひ分けに感心して、暫くはその男の横顔ばかり眺めてゐたが、とうとうしまひに彼自身はどちらを真剣にやつてゐる心算つもりだか、いて見たいやうな気がして来た。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
身體がよくて敏捷びんせふな猪之松は、一歩先に庭へ飛出すと、生垣を一と跳に、千駄木の往來に逃出します。
つなをぎつとつかねてかせるもとや、ひとつづゝに思案しあんしながらしかつかんだら威勢ゐせいよくすいともとは彼等かれらこはばつたでありながら熟練じゆくれんしてさうして敏捷びんせふ運動うんどうする。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)