擦違すれちが)” の例文
女は、帯にも突込つっこまず、一枚たなそこに入れたまま、黙って、一帆に擦違すれちがって、角の擬宝珠ぎぼしゅを廻って、本堂正面の階段の方へ見えなくなる。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その子供が先日こなひだ学校で貰つた賞品を抱へて、いつものやうに大学の構内を通りかゝつた。すると、擦違すれちがつた大学生の一人が
流石さすがにいざとなるとみんなも陰で意気込んだほどのことはなくて、無事に擦違すれちがいかけたが、瞬間申訳けみたいな形で私たちの御輿の棒鼻が相手の方へ突き出された。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
擦違すれちがいに、その五倍子染の小袖を着た男が手をあげ、小粒な城太郎を丁寧に足元から見上げて
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
擦違すれちがう女の姿形を無心に見過せなくて、むさぐるしい田舎女の一人一人が頭の中に浸みこんだ。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
その葉の色づいたのはアカシヤの若木であった。枯草を満載した軍用の貨物列車、戦地の方の兵士等が飲料にてるらしい葡萄酒のたるを積んだ貨物列車も、幾台となく擦違すれちがって窓の外を通った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白熱した日盛ひざかりに、よくも羽が焦げないと思ふ、白い蝶々ちょうちょうの、不意にスツと来て、飜々ひらひら擦違すれちがふのを、吃驚びっくりした顔をして見送つて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これと擦違すれちがいに越後えちごの方からやって来た上り汽車がやがて汽笛の音を残して、東京を指して行って了った頃は、高瀬も塾の庭を帰って行った。周囲あたりにはあたかも船が出た後の港の静かさが有った。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「早いにも、織さん、わっしなんざもう御覧の通りじじいになりましたよ。これじゃ途中で擦違すれちがったぐらいでは、ちょっとお分りになりますまい。」
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あとじさりに、——いま櫛卷くしまきと、島田しまだ母娘おやこ呼留よびとめながら、おきな行者ぎやうじや擦違すれちがひに、しやんとして、ぎやくもどつてた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
跫音あしおときこえぬばかり——四谷よツやとほりからあな横町よこちやうつゞく、さかうへから、しよな/\りてて、擦違すれちがつたとおもふ、とこゑ
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
地蔵尊ぢざうそんが、まへはうから錫杖しやくぢやういたなりで、うしろつゞいたわたし擦違すれちがつて、だまつてさかはうもどつてかるゝ……と案山子かゝしもぞろ/\と引返ひきかへすんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
隧道トンネルを、爆音を立てながら、一息に乗り越すと、ハッとした、出る途端に、擦違すれちがうように先方さきのが入った。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一度擦違すれちがったものでも直ぐに我を恋うるとめていたので——胸に描いたのは幾人だか分らなかった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それく……お前樣まへさま途中とちうでありませう。とほりがかりから、行逢ゆきあうて、うやつて擦違すれちがうたまでの跫音あしおとで、ようれました。とぼ/\した、うはそらなのでちやんわかる……
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とき擦違すれちがつたものが、これだけは、樣子やうすちがひまして、按摩あんま一人ひとりだけがえました。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
擦違すれちがった人は、初阪ものの顔を見て皆わらいを含む。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)