思惟しい)” の例文
歴史に対する彼の不信も、歴史が伝来物によらねばならぬ限り、彼の眼に向つて語らず、彼の思惟しいに訴へねばならぬためであつた。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
故に吾人ごじんは、肉体なき霊魂を考え得ず、表現なき「詩の幽霊」を思惟しいし得ない。詩は表現があってのみ、始めて詩と言われるのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼は競技の進行中ずっと、顔のあらゆる変化に注意し、確信や、驚きや、勝利や、口惜くやしさなどの表情の違いから、思惟しいの材料を集める。
言葉でつづられた人間の思惟しいの記録でありまた予言である。言葉をなくすれば思惟がなくなると同時にあらゆる文学は消滅する。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
貴重な留学時間を浪費して下宿の飯を二人前食いしに過ぎず、さればこの降参は我に益なくして彼に損ありしものと思惟しいす、無残なるかな
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
爾余じよはその屍体、及びその容貌の暗示より来れる脱線的の夢中遊行に移りて、それ以上の心理遺伝の内容を示さざりしものと思惟しいし得べし。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
精進の理想をもうなりとせず、芸術科学の大法を疑はず、又人心に善悪の奮闘争鬩そうげきあるを、却て進歩の動機なりと思惟しいせり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
なんらの思惟しいも混じない事実そのままの現在意識をもって実在とするのであって、氏はこれを純粋経験と名づけている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
高橋は静かに、わば、そろそろと、狂っていったのである。味わいの深い狂いかたであると思惟しいいたします。ああ。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一、あるいは解しがたきの句をものするを以て高尚こうしょうなりと思惟しいするが如きは俗人の僻見へきけんのみ。佶屈きっくつなる句は貴からず、平凡なる句はなかなかに貴し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
また、そのつぎの字なりと思惟しいするがゆえに、微動と顔色とは時々刻々、術者の脳裏に印せらるるものであります。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
諸兄のご思惟しいにありますように、人間として江戸と大阪と長崎で同日同刻にそれぞれ三人の人間を殺すなどということが出来得べき筈のものではない。
しかし、世上にはその風潮がある折なので、自分の行為もそれに類するものと思惟しいされてもぜひはない。ただ夢窓には分ってもらえるかと思っていたのだ。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思惟しいの思惟」に依って橄欖山オリーブやまを夢見る哲学者をあわれみ、ヂオヂゲネスの樽をおしている詩人を軽蔑けいべつ
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
さきにスチブンソン氏がロンドン府よりバーミンガムまでの一線を作りしや、当時世人は驚くべき大工事となし、あたかもチェオプスの金字塔ピラミッドのごとく思惟しいしたり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この家庭生活の陰鬱いんうつさを正義化するために無数のタブーをつくっており、それが又思惟しいや思想の根元となって、サビだの幽玄だの人間よりも風景を愛し、庭や草花を愛させる。
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
巨人ワグナーの音楽と四つに組んで味聴することは、音楽を甘美な享楽と思惟しいする人達には、出来ないことである。が、それはまことによき芸術鑑賞の試練しれんであると言えるだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼は衒学的げんがくてきな口を利くことを好むが、彼には深い思惟しいの素養も脳力も無いはずである。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いき」が有価値的であるに対して下品は反価値的である。そうしてその場合、しばしば、両者に共通の媚態そのものが趣味の上下によって異なった様態を取るものとして思惟しいされる。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
むずかしくいえば、普遍妥当性ふへんだとうせい思惟しい必然性とをもったものが真理です。時の古今、洋の東西を問わず、いつの世、いずれのところにも適応するもの、だれしもそうだと認めねばならぬものが真理です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
以て単に文化二年の事件に坐して三日間入牢じゅろうしたるが故のみとなさずむしろ多年婦人美の追究にその健康を破壊したるがためならんと思惟しいしその秘戯画については殊に著者独特の筆をふるつて叙述の労を
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
即ち所謂「韻文」「散文」の差別であって、詩が他の文学と異なる所以は、ひとえにその韻文の形式にあると思惟しいされている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
非論理的論理というのは、今の人間のまだ発見し意識し分析し記述し命名しないところの、人間の思惟しいの方則を意味する。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その矛盾せる行為の相互間に生ずる一種の錯覚を以て、犯人に対する目星めぼしを誤らしめんがためにりたる極めて巧妙なる手段なりと思惟しいし得べし。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思惟しい範疇はんちゅうというものをヒュームが習慣から説明したのは、現代の認識論の批評するように、それほど笑うべきことであるかどうか、私は知らない。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
この条項のうちわが趣味の欠乏して自己に答案を検査するの資格なしと思惟しいするときは作家と世間とに遠慮して点数を付与する事をひかえねばならん。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしこの時代価値のない将軍家は、自分のぶみを知らないし、何を思惟しいするにも、知識的で、その知識がまた室町文化からすこしも出ていないのである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつ適当なる試験を行わざるべからずと思惟しいし、まず杉本氏につきて同女の履歴をたずねしに、彼女はその名を「とく」といい、同国都留郡小形山の産にして
投者の球正当の位置に来れりと思惟しいする時は(すなわち球は本基の上を通過しかつ高さかたより高からずひざより低くからざる時は)打者必ずこれをたざるべからず。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
かゆいところへ手が届くとは漱石の知と理のことで、人間関係のあらゆる外部の枝葉末節に実にまんべんなく思惟しいが行きとどいているのだが、肉体というものだけがないのである。
世故せこにもたけ、そうとう機才のある連中ばかりだから、たいていのことならばそれぞれ至当の意見もあるべきところだが、この奇妙な出来事だけは、なんとも思惟しいの下しようもなく
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
または稲羽いなばの兎の皮をぎし和邇わになるもの、すべてこの山椒魚ではなかったかと(脱線、脱線)私は思惟しいつかまつるのでありますが、反対の意見をお持ちの学者もあるかも知れません。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自然彼等との応対交渉は冷淡になり、総ての情熱は内部に向っての思惟しいの座に注がれた。それは今まで友達に対して面白くにぎやかで親切であった慧鶴を急に、エゴイストに変ったように見えた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こうした思惟しいふけりながら、私はひとり秋の山道を歩いていた。その細い山道は、径路に沿うて林の奥へ消えて行った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
思惟しいされることができずただ体験されることができる無限は、つねに価値にちたものすなわち永遠なものである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
極めて稀に存在する夢遊病の好適例にあらずやと思惟しいして出張したるところ、この直方のうがた地方は元来筑豊炭田の中心地に位置し、日本屈指の殺傷事件の本場たり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もしも、人間の思惟しいの方則とでも名づけらるべきものがあるとすれば、それはどんなものであろうか。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし近衛の方から言へばややわれらを食客視したるかしからざれば部下の兵卒同様に師団の着広と共にわれらはその命のままになるものの如く思惟しいしたるなるべし。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「五分と五分の人間ではないか。しかもここにいれば帝とはいえど一囚人めしゅうどにすぎぬ」と、しいて思惟しいしながら、一たんはずかずかお縁さきまで歩き寄って行ったのだが
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あなたを、やはり立派だと思いました。あなたに限らず、あなたの時代の人たちに於いては、思惟しいとその表示とが、ほとんど間髪をいれず同時に展開するので、私たちは呆然とするばかりです。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
だから主人のこの命令は狡猾こうかつきょくでたのではない。つまり智慧ちえの足りないところからいた孑孑ぼうふらのようなものと思惟しいする。飯を食えば腹が張るにまっている。切れば血が出るに極っている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
即ち先の章で述べたように、散文ではポオの小説、メーテルリンクの戯曲などが、それの代表として思惟しいされている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
外国の語も用ゐよ、外国に行はるる文学思想も取れよと申す事につきて、日本文学を破壊する者と思惟しいする人も有之これあるげに候へども、それは既に根本において誤りをり候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
どうしても、家来筋の師直となす思惟しいが直義には抜けきれない。そんな男がしかも堂々とこのような反噬はんぜいに出て来たことが、何とも心外だし堪忍ならぬものに憤られる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仮説は少くともこの場合単なる思惟しいに属するのでなく、構想力に属している。それはフィクションであるということもできるであろう。仮説は不定なもの、可能的なものである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
それは、三次元の世界に住するわれらの思惟しいを超越した複雑な世界である。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ラフカジオ・ヘルンの場合も、またその同じ例にもれなかった。彼が日本に帰化したことも、普通ふつうの常識が思惟しいするように、日本を真に愛したからではなかった。
外国の語も用いよ外国に行わるる文学思想も取れよと申すことにつきて日本文学を破壊するものと思惟しいする人も有之げに候えども、それはすでに根本において誤り居候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そんな甘えはこの苛烈きわまる時相のもと武士の嘲笑でしかないとはお覚悟であったにせよ、生れながらに“人の上の人”と思惟しいづけられてきたお育ちのものは是非もない。
彼の内的発展が進むに従つて、ゲーテの見方はいよいよ深く客観的となつて行つた。彼の感情は、彼自身が彼の対象的思惟しいもしくは彼の思惟の対象性と呼んだものによつて補はれ、統一された。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)