思惑おもわく)” の例文
「ね、お前さん、はつきり申し上げた方が宜くはありませんか。世間樣の思惑おもわくより、今となつては、死んだ娘の敵を討つ方が大事で」
下婢は自分から進んで一字でも多く覚えようと思うような娘ではなかったが、主人の思惑おもわくはばかって、申訳ばかりに本の復習おさらいを始めた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかも娘の思惑おもわくを知ってか知らないでか、ひざで前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声ねこなでごえで、初対面の挨拶あいさつをするのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もしこの事実を示したなら、哲学博士の断案も違ったかも知れぬけれど博士は、別に自分の思惑おもわくが有る為に大事な論拠を隠しているのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
江戸の町人のあいだには今、熱病のように、土地売買の思惑おもわくが行われているので、こんな風景は、随所に見られるのであったが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の腕一つで柳吉を出養生させていればこそ、苦労の仕甲斐しがいもあるのだと、柳吉の父親の思惑おもわくをも勘定に入れてかねがね思っていたのだ。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
素姓も知れない山の子とあっては殿の思惑おもわくもいかがあろうか、これはいっそ知人に預け、その知人の子供として貰い受けるのがよろしかろう
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
話が大変管々くだくだしくなって煩わしいが、委曲話すだけは話しませんと自分の思惑おもわくが通りませんから話して置きますが、ちょっと話しが少し戻って
これだけ、手を尽した猛運動にもかかわらず、ふたをあけてみると、それは、成親の思惑おもわくをはるかに通り越したものであった。
それにだんだん話してみると苦労もしているし、相当にわけも解っているようなんだ。本人の考えも、僕らの思惑おもわくとちっと違ったところもある。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お待ち下さい、私の方ではたあいのないことなんですが、先方様の思惑おもわくのところはわかりません、ただちょっとした縁で道づれになって、その道筋の案内を
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なにがさて、気の短い金博士のことであるから、身の危険も、相手方の思惑おもわくも考えないで、その足でつかつかと某国大使館の玄関から押し入ったものである。
鬼頭の思惑おもわくをちよつと気にしたが、それを無視する快感のやうなものが案外強く、黙り込んで下を向いてゐる彼の肩先へ、時々悪戯ッ児のやうに微笑を投げた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
下手な真似して蜻蛉に手出ししてみろ、片っ端から三次が相手だ——退け、俺あ帰る。思惑おもわくがあるんだ。
智惠子の方では、信吾の足繁き訪問に就いて、多少村の人達の思惑おもわくを心配せぬ譯にいかなかつた。狹い村だけに少しの事も意味あり氣に囃し立てるのが常である。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
家庭の料理、実質料理、一元料理、そこにはなんらの思惑おもわくがはさまれていない。ありのままの料理。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
本当に返す積りであったのか、それとも他に思惑おもわくがあったのか、その辺はよく判りませんが、なにしろ追っかけて行ってみると、男は峠の中途に倒れて苦しんでいる。
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
他人の思惑おもわくなど、すこしも気にしないで通してきたサト子だが、秋川だけには悪く思われたくない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これらは良い思惑おもわくであろう。諸君はすべての細部は自分で監督すべきである。水先案内となり船長となり、所有主となり、保険業者となる。売り、買い、帳簿をつける。
僧侶社会の思惑おもわく それから私がインドのブダガヤ及びネパール地方を遍歴して来たということを知って居る学者、博士達はいつもよく私に英領インドの事を尋ねたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
立派なのれんを持っていなさるお方——思惑おもわくの米商いが少しばかり痛手を負うたとて、世帯に何のかかわりがあるではなし——それに、今度の米の値上りでは、これまでに
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
安斉さんの思惑おもわくがはずれて、曇っていたから、そう明るくない。物が朦朧もうろうと大きく見える。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だから、あの子の好きにさせてやりたくなったり、そうかと思うと、それがかえって当人の為にならない気がしてみたり。少しは親の思惑おもわくでも押し切るほどだったらいいんだけど。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
遠い神仏しんぶつを信心するでもなければ、近所隣の思惑おもわくや評判を気にするでもなく、流行はやりとか外聞がいぶんとかつきあいとか云うことは、一切禁物で、たのむ所は自家の頭と腕、目ざすものは金である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「なるほど、同意語シノニム⁉ そうすると君は、この悲劇を思惑おもわくに結び付けようとするのかね」と法水はやや皮肉を交えてつぶやいたが、いきなり、いきなり鋭くその言葉を中途でち切って
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
言葉を交わしたりするのも元はといえば唯ひとつ、彼女もそれと感づかずにはいられないある種の思惑おもわくからばっかりだといった環境に、一人ぼっちで置かれたに相違あるまいとも考えた。
だが、それまでしないでも、当時の日本はペリーなどの思惑おもわく通り動いて行った。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「人の思惑おもわくが気にかかるのは、まだどこか心に暗いところがあるからじゃ。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
家の恥なんだ! 父上の恥なんだ! 石ノ上は、貴様のように世間の思惑おもわくばかり気にしていたら何にも出来やしないぞって、よく云うけど、……それにしてもあいつのやることは少し乱暴だ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
ところがそれが全く思惑おもわく違いとなったので、いつものさっぱりした気性にも似ず、ひどくそれを苦になすって、こちらでは忘れた頃になっても、まだ済まなかった、済まなかったとおっしゃる
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
法螺忠のそんな大業な見得に接しても至極自然な合槌あいづちを打てる松どもも、また自然そうであればあるだけ心底は不真面目と察せられるのだ。彼らは、何か選挙運動に関する思惑おもわくでもあるらしかった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
K・S氏が今後むす子に対する思惑おもわくにも影響しまいものでもない。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「駄目、駄目、今日は思惑おもわく計画、一切手違いというところだ。」
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そして私の思惑おもわく通りでした。あの場合にはね。
隱居山右衞門は金持らしく人の思惑おもわくなどを考へずに、自分の言ひたいだけのことを言つて、そのまゝ路地の闇に引返しました。
「ウーム……?」と、やがて万吉が思惑おもわくに疲れてうなっていた。お綱もそれにつりこまれて、深い息をホッと洩らして
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、若い武士の思惑おもわくとしては、たかが安手の芸人である。どこかみすぼらしい露路の奥の、棟割むねわり長屋の一軒へでも、はいって行くものと思っていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
叔父の顔を見ると、正太は相場の思惑おもわくにすこし手違いを生じたことから、遣繰やりくり算段して母を迎える打開話うちあけばなしを始めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど、単に外見の上から形が少し気に入らないというので、……それは、つまり思惑おもわくが西洋の人と日本の人と違うのです。というのは、こうなんです。
「手前たちの思惑おもわく先様さきさま御承知でよ。真鍮と見せて、実は金無垢を持って来たんだ。第一、百万石の殿様が、真鍮の煙管を黙って持っている筈がねえ。」
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その日双方の思惑おもわくちがいで、要領を得ずに帰って来た笹村の傍へ来てお銀は心配そうに言い出した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何れ何事かやり出すだらう! それは、その一箇年の間の、四圍の人の渠に對する思惑おもわくであつた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
右近と肝胆相照かんたんあいてらす間柄になり、喬之助の秘密にも関与して、一の力をすことになっているのだが——その晩は別に、そんな思惑おもわくがあって歩いていたわけではない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
芸妓げいしゃの福松は、人情を立てれば身が立たない思惑おもわくから、兵馬を促し立てました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
娘はしきりに辞退したが、ほかに思惑おもわくのあるおきぬ母子は無理に一緒に付いて行って、娘の親にも逢った。母は先年世を去って、当時は父の小左衛門と娘お節の二人暮らしであることも判った。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
明日からの近所の思惑おもわくおもんぱかっておかねばならないし、頼みもせぬのに世話を焼きたがるおきみ婆さんの口もこわいと、生みの母親もかなわぬ気のよさを見せるつもりも少しはあったのだろう——と
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
宗三思惑おもわくがあるのでいつもよりも少し早いのだが、早速さっそく床につく。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
事前には、あれほど手を尽して将監の内応を誘致しておきながら、思惑おもわくのつぼがはずれたとなると、まるで厄介者を遇するような口吻くちぶりに一変していた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時になって見ると、郷里の方にいるふる弟子でしたちの思惑おもわくもしきりに寛斎の心にかかって来た。彼が一歩ひとあし踏み出したところは、往来ゆききするものの多い東海道だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし平次は何か思惑おもわくがあるのか、別にそれをくやむ風もなく、暫らく腕をこまぬいて考へて居りました。