屋根瓦やねがわら)” の例文
いま、秋の日が一ぱい金堂や講堂にあたって、屋根瓦やねがわらの上にも、めかかった古い円柱にも、松の木の影が鮮やかに映っていた。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
西の屋根瓦やねがわらの並びの上に、ひと幅日没後の青みを置き残しただけで、満天は、しゃのような黒味の奥に浅い紺碧こんぺきのいろをたたえ、夏の星が
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その隣には寂光院の屋根瓦やねがわらが同じくこの蒼穹そうきゅうの一部を横にかくして、何十万枚重なったものか黒々とうろこのごとく、暖かき日影を射返している。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひるがすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵ろくじぞうさんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向うには、お城の屋根瓦やねがわらが光っています。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そこの欞子窓れんじまどしきいに腰をかけてついこの春の初めまでいた赤城坂の家の屋根瓦やねがわらをあれかこれかと遠目に探したり、日本橋の方の人家を眺めわたしたりして
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
全色彩の根調となるべき緑と黄とに対照して倉庫の下部に淡紅色たんこうしょくを施し屋根瓦やねがわらに濃き藍を点じたるが如き
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
藁店の吉田屋は、おもてにも、瀬戸物一式をならべて売っている古い店だが、それより、諸大名のやしきへ、屋根瓦やねがわらなどを手広く納めているので有名な家である。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
じゅう屋根瓦やねがわらからとうの九りんのまっ先へ、雷獣らいじゅうのごとくスルスルとはいあがった和田呂宋兵衛わだるそんべえ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
壁土かべつちのようなものがバラバラと落ち、ガラガラと屋根瓦やねがわらが墜落すると、そのあとから、冷え冷えとする夜気やきが入ってきた。漢青年はそのあなからヒラリと外に飛び出したのだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は窓を開けて、無風の真夏の夕暮の空の下に、どこまでもつづいて行く東京の漂流物のような屋根瓦やねがわらの海をながめた。それは平凡で、おそろしく単調な猥雑さにみちた景色だった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
前にあやしい病気にかかり、そのとき蝶子は「なんちう人やろ」とおこりながらも、まじないに、屋根瓦やねがわらにへばりついているねこふん明礬みょうばんせんじてこっそり飲ませたところ効目ききめがあったので
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
とりあえず半蔵は身軽な軽袗かるさんをはいて家の外へ見回りに出た。自分方では仮葺かりぶきの屋根瓦やねがわらを百枚ほども吹き落とされたと言って、それを告げに彼のところへ走り寄るのは隣家伏見屋の年寄役伊之助だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は石垣の上から遠くに見える屋根瓦やねがわらけつくしたしもれて、朝日にきらつく色を眺めたあと、またうちの中へ引き返した。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
駈ける背中をこがらしが吹きすくって、てっぽうざるの紙屑を、蝶か千鳥かと、黄昏たそがれの空へ吹き散らした。やがて高く舞ったのが、どこかの屋敷の屋根瓦やねがわらへ、気永にヒラ——と白く落ちてくる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし屋根瓦やねがわらしか見えない。支那流の古い建物で、廻廊のような段々をりて、余のいる部分に続いているらしく思われる。あれは何だいと聞いて見た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、それは彼女の目には見えないで、ただ、つばさの音にそう感じたのであるが、やがて、もっとはっきりした音が、バサッと、屋根瓦やねがわらを打つように聞えて、あとはシンとしずかになった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敬太郎けいたろうは三階のへやから、窓に入る空と樹と屋根瓦やねがわらながめて、自然を橙色だいだいいろに暖ためるおとなしいこの日光が、あたかも自分のために世の中を照らしているような愉快を覚えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
提唱のある場所は、やはり一窓庵から一町もへだたっていた。蓮池れんちの前を通り越して、それを左へ曲らずに真直まっすぐに突き当ると、屋根瓦やねがわらいかめしく重ねた高い軒が、松の間にあおがれた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石をたたんで庫裡くりに通ずる一筋道の右側は、岡つつじの生垣いけがきで、垣のむこうは墓場であろう。左は本堂だ。屋根瓦やねがわらが高い所で、かすかに光る。数万のいらかに、数万の月が落ちたようだと見上みあげる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
屋根瓦やねがわらとおるようなびしい色をしばらくながめていた敬太郎けいたろうは、田口の紹介状を机の上に置いて、出ようか止そうかとちょっと思案したが、早く会って見たいという気が強く起るので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は特に余のために造って貰った高さ一尺五寸ほどの偉大な藁蒲団わらぶとんに佇ずんだ。静かな庭の寂寞せきばくを破るこいの水を切る音に佇ずんだ。朝露あさつゆれた屋根瓦やねがわらの上を遠近おちこちと尾をうごかし歩く鶺鴒せきれいに佇ずんだ。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)