居室いま)” の例文
介三郎の肩にたすけられながら、勘太はしきりにこばんでいた。いや、かれの居室いまへ運ばれて行くのを遠慮して身をもがくのであるらしい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにも拘はらず、彼女の死後その居室いまには文字を書いたものと云つては、殆んど何一つない位よく仕末されてありました。
背負ひ切れぬ重荷 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
円い透硝子すきがらすの笠のかかった、背の高い竹台の洋燈ランプを、杖にく形に持って、母様かあさん居室いまから、と立ちざまの容子ようすであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝殿から来るお返事が手間どるふうであったから、院は居室いまのほうへおいでになって夫人に梅の花をお見せになった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
家は随分広いが、向う二階の一間と、余が欄干に添うて、右へ折れた一間のほかは、居室いま台所は知らず、客間と名がつきそうなのは大抵たいてい立て切ってある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いたたまれないで、逃げだしたかも判らないよ、前刻さっき居室いまで新聞かなんか読んでたが、いないのだよ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二人は丸腰のまま応接間をソッと出て、直ぐ隣室になっている廊下の突当りの轟氏の居室いま這入はいった。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、そのゆるぎにも拘はらず、大綱はしつかりしてゐる。そして網にかゝつた大事なものが、動くので、居室いまにゐるじよらうぐもは其処に続いてゐる糸の揺れで、注意される。
造作なども及ぶだけは取り替えて何うやら斯うやら紳士の居室いまらしく拵らえてある、初めて見た時ほど陰気な薄気味の悪い室ではない、若し虚心平気で寝たならば随分眠られようと思うけれど
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そこで継母ままははは、自分じぶん居室いまにある箪笥たんすのところにって、手近てぢか抽斗ひきだしから、しろ手巾はんけちしてて、あたまくび密着くっつけたうえを、ぐるぐるといて、きずわからないようにし、そして林檎りんごたせて
大和尚が居室いま、茶室、学徒所化しょけの居るべきところ、庫裡くり、浴室、玄関まで、あるは荘厳を尽しあるは堅固をきわめ、あるは清らかにあるはびておのおのそのよろしきにかない、結構少しも申し分なし。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だが、彼女のこの居室いまなども、何という簡素なさびしさであろう。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
少将がくつろいでいる昼ごろに今ではかみの愛嬢の居室いまに使われている西座敷へ来て夫人は物蔭ものかげからのぞいた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
けれども私は、居室いまに退いた連中が、まだ相談を初めないうちに、突然、眼を閉じて頭を強く振った。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
襖がすらりとあいたようだから、振返えると、あらず、仁右衛門の居室いましまったままで、ただほのかに見えるこぼれ松葉のその模様が、なつかしい百人一首の表紙に見えた。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
範宴は、長座ながいはばかって、師の居室いまを辞した。そして、廻廊をさがってくると
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後で独りで検めて見ようと思い「オオ最う大方夜が開け放れました、サア秀子さん、貴女は定めしお疲れでしょう、兎に角一休み成さらねば、エ、お居室いままで私が送りましょうか」秀子は淋しげに笑み「左様です、思って見ると昨日の朝から未だ食事も致しません」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
などと訴えていた薫は、どんなにしたのか姫君の居室いまのほうへはいってしまった。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
楽屋なる居室いまの小窓と、垣一重ひとえ隔てたる、広岡の庭の隅、塵塚ちりづかかたわらよこたわりて、たけ三尺余、周囲まわりおよそ二尺は有らむ、朽目くちめ赤く欠け欠けて、黒ずめる材木の、その本末もとすえには、小さき白きこけ
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人とも懐中時計を出して、十時十五分を示している私のと合わせてから、熱海検事と私に一礼すると、日比谷署の連中や、直接の部下と一緒に活動の手分けをすべく、隣りの居室いまの方へ退いた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
蓮葉はすはなる笑声、小親にゃ聞えむかと、思わず楽屋なる居室いまかた見られたり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言い、しいて促し立てておき、夫人の居室いま襖子からかみの前へまで行き
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
沢井様の草刈に頼まれて朝はやくからあちらへ上って働いておりますと、五百円のありかをうらなうのだといって、仁右衛門爺さんが、八時頃に遣って来て、お金子かねが紛失したというお居室いまへ入って
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別に住職じゅうしょく居室いまもなければ、山法師やまぼうしも宿らぬのである。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)