小桶こおけ)” の例文
小桶こおけ玉網たもを持ち添えてちょこちょこと店へやって来て、金魚屋の番頭にやたらにお辞儀をしてお追従ついしょう笑いなどしている。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かれらの中には鉄造、与吉などという乱暴者がいて、繁次をからかいながら、おひさの小桶こおけを取りあげて、中の蟹を川の中へほうり投げてしまった。
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
近侍たちは、彼のために、たちまちともの一部におうがいの設けを置く。——尊氏はその小桶こおけの水で顔を洗い、わんの水をふくんで海面へぱッと吐いた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流し元の小桶こおけの中に茶碗と塗椀が洗わないままけてあった。下女部屋をのぞくと、きよが自分の前に小さなぜんを控えたなり、御櫃おはちりかかって突伏していた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水仙を漬物の小桶こおけけかへよと命ずれば桶なしといふ。さらば水仙も竹の掛物も取りのけてひなを祭れと命ず。古紙雛ふるかみびなと同じの掛物、かたわらに桃と連翹れんぎょうを乱れさす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
白布しろぬのにておおうたる一個の小桶こおけを小脇に、柱をめぐりて、内をのぞき、女童のたわむるるをつつ破顔して笑う
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三助はちょうど湯加減を見ていた小桶こおけの熱湯、そのまま平次へ浴びせようとするのを、身をかわして右手を挙げると一枚の青銭流星のごとく飛んで三助のこぶしを打ちます。
五百はわずか腰巻こしまき一つ身にけたばかりの裸体であった。口には懐剣をくわえていた。そして閾際しきいぎわに身をかがめて、縁側に置いた小桶こおけ二つを両手に取り上げるところであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しーんとした真昼、彼は暑さにあえぎながら家のうちの涼しそうなところを求めていたが、風呂場の流板の上に小桶こおけに水を満たすと、ものにかれたようにぼんやりと視入みいった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
拍子木ひょうしぎの音が聞えるのは、流しを頼むので、カチカチと鳴らして、三助さんすけに知らせます。流しを頼んだ人には、三助が普通の小桶こおけではない、大きな小判形こばんがたの桶に湯をんで出します。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ぼろ屑はざるに入れ、果物くだものの種は小桶こおけに入れ、シャツは戸棚とだなに入れ、毛布は箪笥たんすに入れ、紙屑は窓のすみに置き、食べられる物ははちに入れ、ガラスのかけは暖炉の中に入れ、破れくつとびらの後ろに置き
小桶こおけでもてこい
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手さぐりで小桶こおけを土間の隅にさがした。それから雑巾ぞうきんを持った。勘太は落着いている。——ともあれ自分では、まださし迫ってはいないつもりであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次の段に乗せてあった摺鉢すりばちと、摺鉢の中の小桶こおけとジャムの空缶あきかんが同じく一塊ひとかたまりとなって、下にある火消壺を誘って、半分は水甕みずがめの中、半分は板の間の上へ転がり出す。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浪人——高木銀次郎は、飛退くと積んだ小桶こおけを楯に、流しの真ん中に、身構えました。
片附けなくても好いとは云われても、洗う物だけは洗って置かなくてはと思って、小桶こおけに湯を取って茶碗や皿をちゃらちゃら言わせていると、そこへお玉は紙に包んだ物を持って出て来た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
めえ、何でも遊女おいらんに剃刀を授かって、お若さんが、殺してしまうと、身だしなみのためか、行水を、お前、行水ッて湯殿でお前、小桶こおけわきざましの薬鑵やかんの湯をちまけて、お前、惜気もなく
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、狂女の本相そのものをあらわして叫ぶので、安富浄明は何も思わず、うしろの井戸から小桶こおけに水を汲んで来て、大あわてに彼女の顔の前へ持って行った。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湯屋の時計はもう十時少し廻っていたが、流しの方はからりと片づいて、小桶こおけ一つ出ていない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつも極って、その刻限というと、片手に小桶こおけを提げた蒲焼屋かばやきやの若い者が、溶ける物でも運んで行くように駈けて、呉服橋内の吉良家の台所門へ入って行った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こちらの方では小桶こおけを慾張って三つ抱え込んだ男が、隣りの人に石鹸シャボンを使え使えと云いながらしきりに長談議をしている。何だろうと聞いて見るとこんな事を言っていた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はびしい光でやっと見分みわけのつく小桶こおけを使ってざあざあ背中を流した。出がけにまた念のためだから電話をちりんちりん鳴らして見たがさらに通じる気色けしきがないのでやめた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長政は、士卒にいいつけて、小桶こおけやら手拭などを、流れの側に運ばせた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燐寸マッチって蝋燭ろうそくともして、それを台所にあった小桶こおけの中へ立てて、茶の間へ出たが、次の部屋には細君と子供が寝ているので、廊下伝いに主人の書斎へ来て、そこで仕事をしていると
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして小桶こおけに湯を汲んで、うしろへまわった。かかるためしはないが、ここは戦陣の出先、また折ふし、きょうは常ならぬ主人の顔いろ、何とかして、その気分を、一転させたいと願うのであるらしい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのそとに丸い小桶こおけが三角形すなわちピラミッドのごとく積みかさねてある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
座敷へあがっていろいろ見ている。おけの中に蝋燭ろうそくでも立てて仕事をしやしないかと云って、台所の小桶こおけまでしらべていた。まあ御茶でもおあがんなさいと云って、日当りの好い茶の間へ坐らせて話をした。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)