宿世すくせ)” の例文
「夜があけると、その男が、こうなるのも大方宿世すくせの縁だろうから、とてもの事に夫婦みょうとになってくれと申したそうでございます。」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ほんに、どのような宿世すくせであったか、その晩以来、雪太郎は、菊之丞の手に引き取られて、やさしい愛撫あいぶを受ける身となったのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
枚岡ひらをかいつき姫にあがる宿世すくせを持つて生まれた者ゆゑ、人間の男は、弾く、弾く、弾きとばす。近よるまいぞよ、はゝはゝゝ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
唐茄子とうなすのうらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどう云う宿世すくせの因縁かしらないが、この人の顔を見て以来どうしても忘れられない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「へんなおすすめだが、これも宿世すくせの約束ごとやらも知れぬ。……とお考えなすって、ひとつ僧籍にお入りになってみるお気持はありませんか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なれども宿世すくせの因縁と申しましょうか、始めてお目通りを許されました日から、つたない藝が不思議に御意ぎょいかないまして、たび/\召されますうちに
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それがために、この世では身をやぶり家をほろぼし、来世は地獄に堕つるとも、宿世すくせごうじゃ、是非もござるまいよ。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こう云う物思いにもってこいのような栖をさえ自分から好んでせずにはおられなくなった自分の宿世すくせの切なさと、——それともう一つは、自分の死後に
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そうして、「さてだにみなむ」と決意しつつも、なお引きずられて行くのである。ついに藤壺は罪の種を宿して「あさましき御宿世すくせの程」に苦しみ悩む。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
分らぬなりに菊の井のお力を通してゆかう、人情しらず義理しらずか其樣な事も思ふまい、思ふたとて何うなる物ぞ、此樣な身で此樣な業體げふていで、此樣な宿世すくせ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
僧三 一つの逢瀬おうせでも、一つの別れでもなかなかつくろうとしてつくれるものではありませんね。人の世のかなしさ、うれしさは深い宿世すくせの約束事でございます。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
可哀相にお前は宿世すくせによって情にもろい性質に生れついて来た。薄紙の風に慄え易いように、お前の性質は人の情に感じ易くて堅固でない。従ってまた用心を欠く。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
美しき島ベリイル」で、八人の手に負えぬ小供を両人にたくし、飄然駆け落ちの旅に出発したジェルメーヌ後家その人であったというのは、これも宿世すくせの因縁といわねばなるまい。
宿世すくせと云うこと、ひく方のがれわびぬることなり」って、どなただったか忘れたけど
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
蚕一つすら養い得ぬ宿世すくせを哀しみ犬に向いて泣きいると、この犬鼻ひると二つの鼻孔より白糸二筋出る。それを引いて見ると陸続として絶えず、四、五千両巻きおわると犬は死んだ。
二九万乗ばんじようの君にてわたらせ給ふさへ、三〇宿世すくせごふといふもののおそろしくもそひたてまつりて、罪をのがれさせ給はざりしよと、世のはかなきに思ひつづけて涙わき出づるがごとし。
人は、よし是猿ほどの智識が無いにもせよ、信ずる力あつて、はじめて凡夫も仏の境には到り得る。なんと各々位おの/\がた、合点か。人間と生れた宿世すくせのありがたさを考へて、朝夕念仏を怠り給ふな。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
縁事には総じて時というものがありますし、こうまでに、藤吉郎どののおはなしが重なるのは、よくよく宿世すくせからの縁も浅からぬことと思われまする。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「彼はおそらく那須野へさまよって行ったのであろう。所詮かれのおもてにあやかしの相は消えぬ。救おうとしても救われまい。これも逃れぬ宿世すくせごうじゃ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ前を忘れ後をしっしたる中間が会釈えしゃくもなく明るい。あたかも闇をく稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地ここちがする。倫敦塔ロンドンとう宿世すくせの夢の焼点しょうてんのようだ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
分らぬなりに菊の井のお力を通してゆかう、人情しらず義理しらずかそんな事も思ふまい、思ふたとてどうなる物ぞ、こんな身でこんな業体げうていで、こんな宿世すくせ
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もうすっかり見えなくなった。つたない宿世すくせか、前世の悪業か、あーあ今日もまた、極楽への行き損じか。誰を恨まんようもない。身も根も疲れ果てた。悲しもうにも涙も尽き果てた
或る秋の紫式部 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ゆるせ免せと言うところじゃが、——あれはの、生れだちから違うものな。藤原の氏姫じゃからの。枚岡ひらおかいつひめにあがる宿世すくせを持って生れた者ゆえ、人間の男は、弾く、弾く、弾きとばす。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ゆくすゑの宿世すくせも知らず我がむかし
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雨のためにひさしく音信おとずれのなかった頭の君から突然道綱のもとに「雨が小止おやみになったら、ちょっと入らしって下さい、是非お会いしたい事がありますから。どうぞお母あ様には、自分の宿世すくせが思い知られました故何も申し上げませぬ、とお言付ください」
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
わからぬなりにきくのおりきとほしてゆかう、人情にんじようしらず義理ぎりしらずか其樣そんことおもふまい、おもふたとてうなるものぞ、此樣こん此樣こん業體げうていで、此樣こん宿世すくせ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その首をいただいて、上州へ立帰り、天鬼様のご遺族や世間に対して、事情をつくろう心底でござる。——又八どのとやら、これも宿世すくせの約束ごととあきらめて下さい
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも宿世すくせの御縁でしょう。思うに、あなたは公卿にお生れあったのが御不運なので、われら同様、武門の子であったなら、怖らくは一方の驍将ぎょうしょうとして、晴れやかな御一生を
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、それも宿世すくせ浅からぬ御縁とすれば、ま、生き耐えて、どこまでもお身さまのその真実を
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これも宿世すくせのご縁でしょうか。大夫と口がきけるなんて、夢にも思いませんでした」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すくなくとも四十数年来——短い人の一生涯ほども宿世すくせを経てきているのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時は、宿世すくせのふかい縁などとは元より思いもしなかったが、時経て、まして黒衣に身をつつんで後は、そうしたごとに似たことも、戯れ事とはなしれない、罪業を胸に詫びていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)