いた)” の例文
塵労断ちがたい鈍根の青道心にいたはりを寄せ給ひて、俗世の風が解脱の障擬とならぬやう、なるべく早う拙僧ひとりにさせて下されたい
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
驢馬や趙先達は早くも中流を渡りきり岸に近づいていたが、童伊は危っかしい許生員をいたわりがちで、ついおくれなければならなかった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
弱くなつた彼女をいたはりうることに、寧ろ今までにない年取つた夫婦の暖かい愛を感じうるのを悦ばずにはゐられなかつた。
折鞄 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それだのに私は、自分で自分の心を泣かせながら、それをいたはる工夫をしないで、たゞ泣声を聞くまい/\として耳を塞いで居るに過ぎない。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
眼にはなみだめ、あれこれと好きな物を料理して呉れたり、思いがけないいたわりをみせて呉れたりしたが、彼にはまるで眼にもはいらなかった。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
分って下さるでしょう? いたわられ、知らされない。それは有難く、うれしい。でもくちおしいというようなことがないとどうして云えましょう。
戦後、四年目ぐらいに、祖父が弱りきって日本へ帰ってきたが、長女なる叔母は、いたわることもせずに、父を、すげなく郷里へ追いやってしまった。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
優しくいたはりねぎらつてくれたお信さんその人に、何となく、情愛に富んだ、人間的な温いものを感じて、それに一層心を動かされ、且つ引きつけられもしたのだつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
露些つゆいささかも偏頗へんぱなく扱いやりしに、両女もいつか妾になつきて、互いに競うて妾をいたわり、あるいは肩をみ脚をさすり、あるいは妾のたしなむ物をば、おのれの欲を節して妾にすすむるなど
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
はっと息を呑んで其の儘注視して居りますと、先ず泣きんだ男が、鼻を鳴らし乍ら、泣くのよそう、ね、泣くのよそうよ、と妻の背をさすりつつ優しくいたわり始めたのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
父は始終私の身辺を気遣い、わが身のことは忘れたかのようにいたわってくれました。
常子は夫をいたわるように、また夫を励ますようにいろいろのことを話しかけた。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
豫期通り彼を嬰兒えいじのやうにかばいたはつてくれたのだが、しかし、子供が此世に現れて來て妻の腕に抱かれて愛撫されるのを見た時、自分へのちようは根こそぎ子供に奪ひ去られたことを知り
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
内蔵助は、弥兵衛老人をふり向いてこういたわった。老人は例の気性で、なあにと首を振ってあるきつづけていたが、若い人たちとの足幅が一致しないので、お船蔵あたりから町駕へ乗った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信一郎は、いたはるやうに云ひ捨てゝ、先に立つて妻の部屋へ入つた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
私はその口固い秘色もそうあろうし、そうなければならぬことを思い、酒行の別れぎわにじゃ行って来たまえ、たまに僕の話でも出るようだったら宜しく言ってくれと、言づけていたわりたかったのだ。
大次郎と千浪は、小信をいたわって、また江戸への旅に——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
無味無色でありすぎたその失はれた青春をまた一生をいたはるためにも、養子夫婦をいぢめぬくことに偏執せずにゐられなかつたのであらう。
順番が来て庸三がそばへ行くと、不幸者をいたわるような態度にかえって、叮嚀ていねいに水晶のたまころがし、数珠じゅずを繰るのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こちらに対する感情とか精神的ないたわりのない自己中心主義、……やりきれなくなって、心から憎みだした自分の気持など、隠さずにみんなうちあけた。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女かのぢよはレースいと編物あみものなかいろめたをつと寫眞しやしんながめた。あたかもそのくちびるが、感謝かんしやいたはりの言葉ことばによつてひらかれるのをまもるやうに、彼女かのぢよこゝろをごつてゐた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
C女史をやさしくいたわり、笑いながら「母さん御覧なさい、これ、あたし達が前にピクニックに行った時の写真よ、天錫さんが私の知らないうちにとったのがあるのよ」
春桃 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ラムネを御馳走してくれたり、姉のやうに優しくいたはつてくれたり、殊に最後の別れの夜、乳で眼を洗つてくれたりしたお信さんのおもかげが、髣髴として眼の前に浮んでゐた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
信一郎は、いたわるように云い捨てゝ、先に立って妻の部屋へ入った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「負って進ぜる、背におすがりなされ」二人のこういういたわりの言葉さえも、姫の耳に、はっきり入っているかどうか、姫は気もなえて、ただ、向けられた覚明の背を見ると、わなわなとおののきつつ
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はその口固い秘色もそうあろうし、そうなければならぬことを思い、酒行の別れぎわにじゃ行って来たまえ、たまに僕の話でも出るようだったら宜しく言ってくれと、ことづけていたわりたかったのだ。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いたわるように言葉をかけました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
所望しょもういたしてよろしいものなら、なにとぞ、一念発起の心根をあわれみ、塵労じんろう断ちがたい鈍根の青道心にいたわりを寄せ給いて、浮世の風が解脱の障礙とならぬよう
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
遺族をいたわろうというので、多少に係わらず戴きたいものです、新聞でも御存知の通り、惨状は目もあてられぬ次第ですから、惣兵衛、甚造、太郎作、次郎兵衛など
厄払い (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
精之助をはじめ、客の人たちはみんな、一種の尊敬といたわりの態度でおなつに接した。この家の娘という感じでもなく、もちろん召使いに対する扱いでは決してない。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
然し、子供の時から常に与えてであった母、より強きものであった母を、或る時、弱きもの、全然自分のいたわるべきものとして発見するのは、なほ子にとって異様な感動であった。
白い蚊帳 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と優しくいたはるやうに言つて、帰りしなに十銭玉を一つお駄賃にくれた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
と、長途のつかれをいたわるように、声をかけたのに対しても
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが彼を苦労人にも仕上げてゐるが、ひがんだ心も植えつけてゐる。そして我儘な人だつた。その我儘は、むしろ左門がいたはつてやりたい悲しい我儘のたぐひであつた。
いたわりかばう愛情にすぎない、……ここへ来てから二百幾十日、おいちどののゆき届いた介抱を受けて、自分は初めて人間らしい、やすらかな、心あたたまる日を過した
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは老年の彼の弱い心にとって、痛いことには違いなかったが、名誉のために結婚をねがっているらしい彼女の女心をいたわっておくことも差し当たっての一つの手ではあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
で——武蔵が優しくいたわれば劬わるほど
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いたわられるのが当然と云う自負
一九二三年夏 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
公平に客観すれば、しょせん鼻っ摘みの、しかもまったく無縁な人間にすぎない。それをかれらはこんなにもいたわって呉れた。こんなにも無条件で心配し、厚意を寄せて呉れた。
七日七夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
庸三は彼女とって、一回だけトロットを踊ってみた時、「たのしくない?」と彼女は言うのであったが、何の感じもおこらなかった庸三は、そういって彼をいたわっている彼女をうらやましく思った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
弱い心をむしろいたはる思ひが激しい
「もっと愛さなければいけなかった、もっと愛情といたわりがなければいけなかった」
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お島は我子ばかりをいたわって、人の子を取ってったという鬼子母神きしぼじんが、自分の母親のような人であったろうと思った。母親はお島一人を除いては、どの子供にも同じような愛執を持っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
低いけれども感動をこめた云い方だった、金之助は黙っていたわるように頷いた。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子供の疲れた足をいたわり休めさせ、自分も茶を呑んだり、たばこをふかしたりしていたが、無智なお島は、茶屋の女がいてくれる柿や塩煎餅しおせんべいなどを食べて、臆病おくびょうらしい目でそこらを見まわしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかしこんどの事はへたにいたわったり妥協したりしてはいけない。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
らないばかりにいたはつてくれるのであつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
保馬は黙ったまま、いたわるように頷いた。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)