仰反のけぞ)” の例文
与里の枕頭まくらべにゐた玄也は猫の顔付をツと持ち上げて、余り唐突な激しい意志のために、瞬間クラクラと仰反のけぞるやうなハヅミをつけたが
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
名を蔵人くらんど蔵人といって、酒屋の御用の胸板を仰反のけぞらせ、豆腐屋の遁腰にげごしおびやかしたのが、焼ける前から宵啼よいなきといういまわしいことをした。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
傷は一刀の下に斬下げた、見事な後ろ袈裟げさ虚空こくうを掴んで仰反のけぞつた太吉の顏は、おびたゞしい出血に、紙よりも白くなつて居ります。
これも驚いて仰反のけぞって倒れんばかりにはなったが、辛く踏止まって、そして踏止まると共に其姿勢で、立ったまま男を憎悪と憤怒との眼でにらみ下した。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あっ! 加奈江は仰反のけぞったまま右へよろめいた。同僚の明子も磯子も余り咄嗟とっさの出来事に眼をむいて、その光景をまざまざ見詰めているに過ぎなかった。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
宮はすかさずをどかかりて、我物得つと手に為れば、遣らじと満枝の組付くを、推隔おしへだつるわきの下より後突うしろづきに、𣠽つかとほれと刺したる急所、一声さけびて仰反のけぞる満枝。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
続いて眼に触れたのは醜怪なる𤢖わろ三人の屍体で、一人いちにんは眼をつらぬかれた上に更に胸を貫かれ、一人は脳天を深くさされて、荒莚あらむしろの片端をつかんだまま仰反のけぞっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、仰反のけぞって倒れてしまった。武蔵は四つ五つ峰打ちをくれて、事もなげに座敷へ通る。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妹を苦しめたかたきと思う憤怒の拳だ。給仕ボーイは鼻から血をほとばしらせながら仰反のけぞって倒れた。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
戻って柳橋の袂を往復ゆきかえりして、淡紅色ももいろ洋脂ぺんきが錆にはげた鉄欄の間から、今宵は神田川へ繋り船のかみさんが、桶をふなばたへ載せて米を磨いで居る背中に、四歳よっつばかりの小児こどもが負われながら仰反のけぞって居るのを
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
腹をよじつたり、仰反のけぞつたりしてゐたが、笑ひ疲れて眼をショボショボと凋ませ乍ら、漸く笑ひを収めたら「メエンメエン」と言つて口を尖らせ
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
一人はヤッシと艪柄ろづかを取って、丸裸の小腰を据え、すほどに突伏つッぷすよう、引くほどに仰反のけぞるよう、ただそこばかり海が動いて、へさきを揺り上げ、揺り下すを面白そうに。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木立と建物の蔭で、月の光もここまでは届きませんが、近所から持出したものと見えて、提灯ちょうちんが二つ、街の土に仰反のけぞって、血の海の中にこと切れているお町の死体を、気味悪そうに覗いております。
仰反のけぞるように驚いて叫んだ。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と一口がぶりとって、悵然ちょうぜんとして仰反のけぞるばかりに星を仰ぎ、頭髪かみを、ふらりとって、ぶらぶらとつちへ吐き、立直ると胸を張って、これも白衣びゃくえ上衣兜うわかくしから、綺麗きれい手巾ハンケチを出して
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木立こだちと建物の蔭で、月の光も此處までは屆きませんが、近所から持出したものと見えて、提灯ちやうちんが二つ。街の土に仰反のけぞつて、血の海の中にこと切れて居るお町の死體を、氣味惡さうに覗いて居ります。
掻拂かつぱらを、ぐる/\きに、二捲ふたまきいてぎり/\と咽喉のどめる、しめらるゝくるしさに、うむ、とうめいて、あしそらざまに仰反のけぞる、と、膏汗あぶらあせ身體みうちしぼつて、さつかぜめた。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
とても宿じゃ、手が届かんで、県の病院へ入れる事になると、医者せんせい達は皆こうべひねった。病体少しも分らず、でただまあ応急手当に、例の仰反のけぞった時は、薬をがせて正気づかせる外はないのです。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)