“みさき”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ミサキ
語句割合
岬79.5%
三崎4.5%
崎2.7%
御先2.7%
御崎2.7%
御碕1.8%
御前0.9%
御埼0.9%
岬角0.9%
岬頭0.9%
海角0.9%
神前0.9%
見崎0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
立待崎(たちまちさき)から汐首(しほくび)の岬(みさき)まで、諸手(もろて)を拡げて海を抱いた七里の砂浜には、荒々しい磯の香りが、何憚(はばか)らず北国(ほくこく)の強い空気に漲ツて居る。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その頃流行(はや)り出したばかりの麻雀(マージャン)を四人で打ったり、日曜日の午後などには三浦(みうら)三崎(みさき)の方面へドライヴしてはゴルフに興(きょう)じたり、よその見る眼も睦(むつま)じい四人連れだった。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それよりこの小径が二つに分かれて一は崎(みさき)の背を通してその極端に至り一は山のむこうに下りてなの字浦に出る。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
生霊がとり憑き、犬神がとり憑き、道を歩いていると七人御先(みさき)が来て、それに往き逢った者は熱病にかかった。海では風の静な晩、船幽霊の漕ぐよいよいよいと云う櫓の音が聞えた。
鷲 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
待て待て、崎(さき)の浜(はま)の鍛冶屋(かじや)の婆(ばんば)じゃの、海鬼(ふなゆうれい)じゃの、七人御崎(みさき)じゃの、それから皆がよく云う、弘法大師(こうぼうだいし)の石芋(いしいも)じゃの云う物は、皆仮作(つくりごと)じゃが、真箇(ほんと)の神様は在るぞ
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少彦名命(すくなひこなのみこと)が熊野(くまの)の御碕(みさき)から、彼方(かなた)へ御渡りなされたというのもなつかしいが、伊勢を常世(とこよ)の浪(なみ)の敷浪(しきなみ)寄(よ)する国として、御選びになったという古伝などはとくに殊勝(しゅしょう)だと思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かれ大國主の神、出雲の御大(みほ)の御前(みさき)一にいます時に、波の穗より二、天の羅摩(かがみ)の船三に乘りて、鵝(ひむし)の皮を内剥(うつは)ぎに剥ぎて四衣服(みけし)にして、歸(よ)り來る神あり。
かれ問ひたまふ時に、答へ白さく、「僕は國つ神、名は猿田(さるだ)毘古の神なり。出で居る所以(ゆゑ)は、天つ神の御子天降りますと聞きしかば、御前(みさき)に仕へまつらむとして、まゐ向ひ侍(さもら)ふ」
さてヒコホノニニギの命は、カササの御埼(みさき)で美しい孃子(おとめ)にお遇いになつて、「どなたの女子(むすめご)ですか」とお尋ねになりました。
ここに仰せになるには「この處は海外に向つて、カササの御埼(みさき)に行(ゆ)き通つて、朝日の照り輝(かがや)く國、夕日の輝(かがや)く國である。此處こそはたいへん吉い處(ところ)である」
沿岸は截(き)り立っていて山が高く、山の尾根が海から岬角(みさき)のようにつき出て、その間々に広い入江をなしている。
絶(た)えず海岸(かいがん)の一方(いつぽう)の岬頭(みさき)に飜(ひるがへつ)て居(を)るが、さて熟々(つら/\)と考(かんが)へるに、大佐等(たいさら)が此(この)島(しま)に上陸(じやうりく)したそも/\の目的(もくてき)は、秘密(ひみつ)なる海底戰鬪艇(かいていせんとうてい)を製造(せいぞう)するが爲(ため)で、艇(てい)の竣成(しゆんせい)と共(とも)に
ようやく頃日(このごろ)『皇大神宮参詣順路図会』を繙(ひもと)くと、二見浦(ふたみのうら)の東神前(みさき)の東北海中に七島あり阿波良岐(あはらき)島という、また毛无(けなし)島とてまるで巌で草木なき島あり、合せて八島相(あい)聯(つら)なる、『内宮年中行事記』に
しゃあしゃあとしていう番頭の面(つら)が癪(しゃく)に触ってならなかった。戯談(じょうだん)じゃない。これから先は一町でも一里に当る。旅館の不親切、呆れたものだ。十町を歩いて湯田中見崎(みさき)屋へ泊る。感じのいい家なり。