うえ)” の例文
赤ん坊はうえと疲れで根気がつきて、母親の肩にうとうとと眠った。母親は保育院へつくと、少しの躊躇もなく、つかつかと入って行った。
小さきもの (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
戦いが止むとどうなるかというと、馬からりて遊牧の民となる。もしくは農業の民となる。うえると直ちに馬に跨り賊となる。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
遜志斎は吟じて曰く、聖にして有り西山のうえと。孝孺又其の瀠陽えいようぎるの詩の中の句に吟じて曰く、之にって首陽しゅようおもう、西顧せいこすれば清風せいふう生ずと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
冬子は暫く体躯全体から湧き立つ重みのある厳そかな強い力に打たれていた。二十幾年求めて与えられなかった性格上のうえ津々しんしんと迫る力に充たされて来る。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
われ主家を出でしより、到る処の犬とあらそいしが、かつてもののかずともせざりしに。うえてふ敵には勝ちがたく、かくてはこの原の露ときえて、からすえじきとなりなんも知られず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
僕は下宿屋や学校の寄宿舎の「まかない」にうえしのいでいるうちに、身の毛の弥立よだつ程厭な菜が出来た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
余と云い目科と云い共に晩餐ぜんなれどたゞ此事件に心を奪われ全くうえを打忘れて自ら饑たりとも思わず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
深い悲しみにあってはじめて知る親と子の融合は、物質に不足のないだけで、心のうえをさとらなかった親子の間には、今までにはめなかったものであったかも知れない。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
日は昇っても人の通りはすくない秋の野路、それを半日も歩いていると、うえつかれで足が動かない。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二人の結びつきは要するに三年孤独の境涯に置かれた互の性のうえに過ぎなかったのではないか。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど、生きているうちは、またうえを感ぜずにはいられない。子供は女に乳をねだった。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
其人の妻子は屹度きっとうえに泣いてるように思われて、妻子がうえに泣く——人情忍び難い所だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
生活難の合間あいま合間に一頁二頁と筆をった事はあるが、きょうもよおすと、すぐやめねばならぬほど、うえさむさは容赦なくわれを追うてくる。この容子ようすでは当分仕事らしい仕事は出来そうもない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幾度私達はうえをしのいだことであつたか! お蔭で私は幾篇の小説をつゝがなく書き終らせたことか! 勘定の言訳の述べ憎くなつた居酒屋から、あの飛乗りの早業で何度彼は酒樽を借出して来て
三田に来て (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
死を致す涜罪とくざいの食慾。渇きとうえ
あくがれますうえの神等
と思うと、私は頭尖てっぺんから水を浴びたようにぞっとしました。実子たる私が死ぬほどうえに迫って、寒さに震えてここに立っている。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
くや額に玉の汗、去りもあえざる不退転、耳に世界の音もなく、腹にうえをも補わず自然おのず不惜身命ふじゃくしんみょう大勇猛だいゆうみょうには無礙むげ無所畏むしょい切屑きりくず払う熱き息、吹き掛け吹込ふっこむ一念の誠を注ぐ眼の光り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
六つ七つのとき流行はやりの時疫にふた親みななくなりしに、欠唇いぐちにていとみにくかりければ、かへりみるものなくほとほとうえに迫りしが、ある日麺包パンの乾きたるやあると、この城へもとめに来ぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
村の人々は、何故なぜ、母が子を殺して自殺したかを疑った。この上他人に迷惑をかけまいと思ってか? うえと寒さに堪えかねてか? 中にはこう言ったものがあった。昔は武士の家庭に育った娘だ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
帳記ちょうづけをしながらもほろほろと涙を流しました。うえと恥で止め度なく泣きましたが、そのとき不図ふと、たとえ母が死んでも父親というものがある。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
あけてもくれてもひじさすきもを焦がし、うえては敵の肉にくらい、渇しては敵の血を飲まんとするまで修羅しゅらちまた阿修羅あしゅらとなって働けば、功名トつあらわれ二ツあらわれて総督の御覚おんおぼえめでたく追々おいおいの出世
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
或る者は自棄やけくそになって、途方もなく大きな声で呶鳴りだした。或る者は恐怖とうえ狂人きちがいのように髪を掻きむしっているかと思うと、或る者はまるで子供のように泣き喚いた。その中で
聖にして有り 西山せいざんうえ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
うえでひょろひょろになっていて、しかも武器といってはナイフ一挺しか持たないので、こんなとき、訓練のとどいた三、四十人の船乗ふなのりに立向われたら——と思うと慄然ぞっとしないわけに行かなかった。